大人の初恋
「酷い…」
「え?」

 眉根を寄せ、首を傾げた成瀬部長の顔を睨み付けた。

 負の感情がワッと襲い、咄嗟に処理しきれなくなってしまった。

 成瀬サン、意地悪だ。
 おととい逢った時には、何も言わなかったくせに。
 私の身体を思いのままに、好き放題にしたくせに!

 ボンヤリは、一体誰のせいだと思ってるの⁉

「成瀬サンの…バカ‼」
「如月…」

 意外そうに目を見開いた彼。

 私はバタンと乱暴にドアを開け、その場を駆け出していた。

 人に見られないよう顔を下げ、早足に廊下を行くと、喫煙スペースになっている屋上まで階段を上がっていった。

 秋晴の空が青々と高い。
 
 休憩中の、疎らな人から隠れるように、建物の影で膝を抱く。


 こんなのって、サイテーだ。

 かつて最も軽蔑していた、仕事に感情を持ち込む女。
 まさかそういう輩に、自分が成り下がっているなんて。
 
 だけど何よ。
 追い掛けても来てくれない。


 こんな時、普通の恋人だったなら、慰めたりとかしてくれるんじゃないのか…な

 それどころか、恋人に罰を与えるだなんて、ちょっと酷すぎる。


 昼間は完璧な上司のカオしか見せない彼。

 プライベートとビジネスをキッパリと分けるだなんて、血の通った人間に、真に出来るものなのだろうか。

 成瀬サン。

 私、悲しい……
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