大人の初恋
「ねえ、貴方は……私のコト、全然本気じゃないみたい。私はこんなに……貴方のことが好きなのに…」 

「僕は……サツキ」

 彼がこの部屋で、初めて私を名前で呼んでくれた。

 けれどーー

 彼は何かを言いかけて、それきり黙ってしまう。

 しんと静まる夜のオフィス。
 
 私は彼を置き去りに、バッグを手に取ると力なく部屋を出ていった。

 
 トボトボと夜の街を歩く。
 涙は次々と溢れ出た。
 
 行き交う人がチラッと見て、気色悪いと眉を潜める。

 彼はやはり追ってこない。


 やっと分かった。

 今までのカレが私を捨てて、他の女に走った理由。
 自惚れかもしれないけど。
 
 温度差があればあるほどに、想い続けるのは辛くなる。

 私はいつも、請われて男と付き合ってきて、1度も自分から行った事はない。

 彼らは多分、私を好きでいる事に、疲れはててしまったんだ。



 私、初めて自分から人を好きになった。

 理性が感情に支配されて、どうしていいか分からなくなるくらい。


 なのに彼は、私のことを取り替えのきく、一時の恋人としか見ていない。

 飽きたりウザくなったなら、最初の約束どおり、シンプルに別れを告げて終われる、フェアで都合のいい存在。

 あんな契約、しなきゃ良かった。

一夜の過ちで終われていたら、こんな想いを抱かないで済んだのにーー
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