大人の初恋
 すっかり忘れていた僕らの結婚記念日の前日の夜、初めて彼女が泣いた。

『……私のコト、あなた全然本気じゃないのよね』って。

 可哀想に思った僕は、翌朝、出勤前の玄関で約束した。

『今日は必ず早く帰るから』  

 彼女は、全身で喜んでるみたいに笑った。 


「なのに僕は」

 彼が言葉を切った。声が震えている。

「またもや約束を破った」



 片付けときたい仕事があった。
 夜の8時だ。
 暗いオフィス、ちょうどパソコンをシャットダウンした時に携帯が鳴った。

 病院からだった。
『ーーーー!』
  
 約束の時間になっても帰らない僕に痺れを切らしたあのコは、会社の正門の前まで僕を迎えにきてたんだ。


 
 彼の声が、震えている。

「君なら信じられるかい?歩道にトラックが突っ込んでくるなんて。
 そこで跳ねられたのが、家にいるはずの彼女だなんて…」

 彼は頭を抱え、少しだけ声を荒げた。

「その日にどうしても終わらせないといけない仕事じゃなかったのに。
 約束どおり帰っていれば、あそこに彼女は居なかったのに‼」

「成瀬部…」
 彼はまだ言葉を続けた。
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