大人の初恋
 悲しくないわけじゃない。
 なのに僕は、不思議と全く泣けなかった。
 熱愛の末でもないたった2年間の結婚生活なんて、そんなものなのだと思った。


 そこからの2年間は前と変わらず、イヤ、前以上に仕事に集中したし、喪があければ女も抱いた。
 
 何もかも結婚前と変わらなかった。
 このままずっといくかに思えたが……


 妻の3回忌を済ませた時だ。

 真っ暗な部屋に戻った時、フッと家が広く感じた。
 “お帰りなさい”
 飛び付いてきた、あのコを急に思い出した。

「すると次の日。
 僕は急に事故現場の正門の前で、動けなくなって……その場にへたりこんでしまった」

 それから僕はおかしくなっていった。
 
 何をしても無感動で、五感がまるで機能しない、幸福感を感じないんだ。

 それでも会社には裏門から通って、仕事も何とかこなしていたが。

 ある日とうとう、裏門からも入れなくなって、初めて有休を取った。

 君と初めて出会った、あの2月の日のコトだ。

 ベンツの鍵をくれた日だ。

『1人じゃ大きすぎるから』

 彼はたしか、後でそう言ったっけ。
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