大人の初恋
「まさか、君が部下としているなんて、思ってなかった」
 
 彼が弱々しく笑った。

「僕はあの夜のコトを覚えてた。
 背伸びした、強がりな君の演技が可笑しくって…本当に久しぶりに、幸せな気持ちになれたから。
 これは神様のくれたチャンスだと思ったよ」

 やっぱりバレてたんだ、ハズカシイ私の演技。

「けっこう考えて、これでも必死で口説いたんだ。初めて告白した時みたいに勇気がいった」

「うそ」
「本当さ」

 彼は少しだけ顔を赤くした。

「思ったとおり、君は理想的な恋人だった。
 頭がよくて美しくて、強い意思を持っている。
 少しの我儘や高慢も、君らしいスパイスだと思った。
 君から連絡があった日には、いつも胸が踊ったよ。もし20台の頃に出会ってたなら、僕は君を崇拝する男の一人になっていただろう」


 部長ったら、リップサービスが過ぎる。顔が火照ってしかたない。


 でも。
 ちょっと待って?
 “恋人だった”
 何で過去形なんだろうーー


「前に言ったね?僕は水谷さんが苦手だって。彼女と妻は雰囲気が少し似てるんだ」

 そうだ。
 付き合って間もないころ、彼がふと言ったのを聞いた。
 バカな私は『カワイソ』と変な優越感を抱いたものだ。
< 60 / 79 >

この作品をシェア

pagetop