大人の初恋
「君と付き合ってから、僕ははっきりと自覚した。
 僕は無意識に妻に似たコを避けていた。
 その癖いつも、似た姿を人混みに探してしまうんだ」

 あのピアノリサイタルの時。
 雑踏の中を見つめた彼を、私は思い出していた。

 と、突然彼は私の髪を撫でる手を止めた。
 厳しい顔つき。
 イヤな予感が支配した。

 次の台詞は聞きたくないーー
 

「僕は君に、夢中になりたかたった。
 妻には似ても似つかない、華やかな君に。そうすることで妻を忘れられると、本気で考えていた」

「ちょっと待って、成瀬さん」

「だがね」
 彼は、私の言葉を遮った。


「今日君が来てくれて、僕を好きだと言ってくれて。
 かえってはっきり分かったよ」

 彼の目が寂しげに私を見下ろした。

「君みたいな理想の恋人が、僕を好きになってくれても、僕は決してあのコを忘れられないんだ。
 だからゴメン。
 もう僕は、これ以上君の時間を奪えない」

 身体が、震えた。

「私は……不合格って事ですか?」

彼はすかさず首を横に振った。


「いいや…ただ…」

 彼の瞳に、涙が溢れた。

「僕が自分でも気付かないうちに」
 
 それは一筋の流れになって、スローモーションのように頬を伝う。

「さほど好きでもないと思っていたあのコが。
 僕の心のずっと奥の方にまで……入り込んでいたみたいだ」
 
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