大人の初恋
9 初恋
 アノヒトが。
 成瀬立真が泣いている。

 震えが止まり、身体の力が抜けていく。

 以前の私ならば、泣く男なんか一笑に付したに違いない。


 だがその時は、彼の未練が流させた涙を、ただ美しいと感じた。 

 でも、それは同時に。

 世にも美しい、断固たる拒絶だったーー


 

 仕方ないじゃない。
 亡くなったヒトに、勝てるわけがない。

 同じ言葉を繰り返しながら、私は夜の霧中を歩く。
 仕方ないと割り切るのは、私の十八番芸。
 またリョウちゃんとこでクダを巻いてスッパリ忘れて、きっとまた次が始まって…

「そう、仕方ない、仕方ない。しかた……」
 なくない。

 ダメだ。
 やっぱり、忘れたりなんかできないや。

 フラフラとさ迷い歩いた末に、私はやっぱりあの店の前に辿り着いていた。


 ーーカランーー


「ああ、いらっしゃ~い…」
 リョウちゃんが、今夜も暖かく迎えてくれる。
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