大人の初恋
彼の顔が青ざめた。
暫く後に、ぶっきらぼうに尋ねる。

「どうしろと?」

「私に聞かせて貰えませんか。
 部長の奥さんの話、幸せな話、いっぱい聞きたいです。
 話して、私に」

 私は声を和らげた。
 彼は鼻先でフンと笑う。

「言っただろう、君の時間をそんなコトには」
「私がそうしたい」

「無駄だね。君にとっても、僕にとっても時間の無駄だ」

「無駄じゃないもの。
 私は貴方に会って話をしたいだけ。恋人になんて望まない。半年に1回でも…1年に1回でもいい…
それくらい、貴方が好きです。細くても繋がってれば……それでいい」 

しかし彼は、冷ややかにせせら笑った。

「君らしくもない、そんな押し付けはね。
 重たいんだよ」  

 彼は私に背を向けた。扉を開けて行ってしまう。
 私はその背に一言告げた。

「成瀬さん、待ってますから」


 扉が閉じた。




3月末日ーー
「1年間ありがとう」
 とうとう私には一言もなく、拍手で送られ、成瀬サンはこの部を去った。後任は杉原参事が持ち上がり。

 アキちゃんが大声で泣いていた。

 肩の力がすっと落ちた。



 私と彼は完全に切れた。

 だけど私は精一杯やったんだ。

 悔いはない。
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