100万回の祈りをキミに
「先輩が一番最初にお前を連れてきた時も俺はコートの中にいたよ。まぁ、ぜんぜん記憶にないだろうけど」
ないよ。だって人の顔覚えるの苦手だし。みんな同じ色のウインドブレーカーやユニフォームを着てたから亜紀以外の見分けなんてつかなかった。
「たしかあの凪子って子も何度か見たことあるよ。試合に連れてきたことあったじゃん」
……だから凪子は夏井のことどっかで見たことない?って聞いてきたんだ。
まさか春風に夏井がいたなんて夢にも思ってなかったし、絶対勘違いだって思ってた。
「大勢の人が苦手とか言って、試合見にきてあんなにでかい声で応援してたくせによく言うよってぶっちゃけ思ってた」
「だから最初の頃、私にいじわるなことばっかり言ってきたの?」
「いじわるじゃねーけど……うん。まぁ、そうなるかも」
最初から馴れ馴れしいヤツだとは思ってた。距離感ないし失礼なことばっかり言うし。それには原因があったんだって分かったけど夏井が苦手なのは変わらない。
「なんで亜紀のこと言わなかったの?」
一方的に知っていたとはいえ、ひと言ぐらい言ってくれれば……。
「なんて言うんだよ。おれは塚本先輩のこともお前のことも知ってます。だから1年間よろしくなって?」
そんな軽々しく言えとは言ってない。
だけど知っていたくせに初めましてのふりをされて、心の中で色々思われてたと思うとモヤモヤする。
「それに俺は先輩の彼女だった〝波瑠〟は知ってるけど、同級生の〝藍沢〟とは初対面だったじゃん」
「……けっこう亜紀と親しかったの?」
これだけは確認しておかなきゃ。
ただのチームメイトの知り合いと親しかったチームメイトの知り合いじゃ意味が違うから。
「いや、ただの先輩後輩の関係だよ。塚本先輩は俺の憧れっていうか尊敬してた人だったから。ウインドブレーカーもワガママ言って貰っただけだし。まぁ、藍沢からしてみたらあんまり気分はよくないかもしれないけど」
正直ホッとした。
表面的な知り合いなら、そこまで探られないし傷もえぐられることはないと思ったから。
「まぁ、先輩のこととかこれからは少しぐらい話せるだろうし、俺たち友達ぐらいにはなれんじゃね?」
夏井はそう言うと足元にあった石を勢いよく川へと投げた。