100万回の祈りをキミに
夏井は近くの木に寄りかかって炭酸のジュースを飲み干した。
夏井がすぐに立ち去らないのはいつものこと。最近はどうやって夏井のことを眼中に入れずにやり過ごすかを考えている。
「そういえば塚本先輩もニンジン嫌いだったって知ってた?」
それなのに亜紀の話をしてくるなんてズルい。しかもものすごく気になる話だし、こういうところが夏井はうまいんだよね……。
「そんなはずないよ。だって私のニンジン食べてくれたことあったし」
たしか亜紀に好き嫌いはなかったはず。いつもご飯はたくさん食べて、残した私の分まで完食してくれた。
すると夏井は「あー」となぜか思い出したように笑う。
「いや、それはさ。藍沢にいい所を見せたくてムリしてたらしいよ。男がニンジン嫌いとかカッコ悪いからって」
ちょっとその言葉に違和感。
「なんで夏井がそんなこと知ってんの?」
「え……あー。だって練習中にそんな話をしてるのを聞いたなーって」
なんだか言い方がわざとらしくて嘘なんじゃないかと疑ってしまった。でもこんな嘘をつく必要はないし仮に本当だとしたら、すごく意外。
亜紀はペラペラとそんなことを喋るタイプじゃないし、好き嫌いの話とか、私にカッコつけてたとか、そんな本音を打ち明けられる親しい友達がいたんだなって。
まさか今ごろになって新しく知ることがあるなんて思わなかった。
「ねぇ、他にも亜紀のことなにか知ってる?」
まだ私の知らないことがあるんじゃないかって期待した。
「ほら、誰かとこんなこと話してたとか、私のことを言ってたとかなんかないかなって」
「……うーん。どうだったかな」
「もし思い出したら教えて」
「うん」
ずっと夏井は苦手だったけど、思えば亜紀のことを話せる人なんだなって。
私とも亜紀とも夏井は浅い付き合いだから、なにも考えず気軽に亜紀のことを話したりできるんじゃないかって、そう思った。