100万回の祈りをキミに
「ちょっと来い」
「え……?」
グッと腕を引かれてそのまま夏井は走り出した。
夏井の足は思った以上に速くて私の足が空回りしそうなぐらい。
バシャバシャッ!と水しぶきが靴に跳ねる。それと同時にコンクリートが黒く染まっていく。
雨は激しくなるのに東の空は晴れていてとても眩しい。
ああ、一緒だ。
ドクンドクンと心臓がうるさいのは、あの時と同じだから。
こうやって突然の雨に打たれて、前を走る背中と掴まれてる手が熱くて寒さなんて忘れるぐらい。
一瞬だけ、夏井の姿と重ねてみたけれど、この突き刺さる痛みが違うと教えてくれてる。
「ハァ……悪い。あそこにいたらマジで風邪ひくと思って」
着いたのは自動販売機が2台並ぶタバコ屋の前。
店のシャッターは閉まっていて営業はしてなさそうだけど、自販機だけは稼働していて屋根もしっかりしていた。
「……ってけっこうびしょ濡れだよな」
そう言って夏井はカバンからグチャグチャのジャージを取り出した。そして自分じゃなくて私の頭にそれを被せて、濡れている髪を拭いてくれている。
……やめて。
「言っとくけどジャージ汚くねーからな!まぁ吸収性はないけど」
……やめて。
「暫くしたら雨止むだろ。だからここで……」
「やめて!!」
パンッ!と夏井の手を払うとジャージがぱさりと水溜まりに落ちた。ザザザーッと屋根からはうるさい雨の音。
寒いのは雨だけのせいじゃない。
あの時と同じことをしないで。
あの思い出の中に入ってこないで。