100万回の祈りをキミに
その帰り道。
「これ、覚えてる?」と夏井がポケットからあるものを取り出した。
それは亜紀が左腕に付けていたキャプテンマーク。
「俺、来年の春から春風のキャプテンになる」
「え?」
ビックリして、思わず歩いていた足を止めた。
「先輩がこれを引き継いでくれたんだけど俺にチームを引っ張る力はねーし、そういうの向いてないからって諦めてた。……だけど、俺はキャプテンになる」
夏井の顔が少し大人びて見えて、私は一瞬目が離せなくなってしまった。
「先輩が付けてたこのマークを腕にして、同じ背番号を背負ってコートに立つんだ。たまにその責任感で震えることがあるんだけど、半分は嬉しい。コートの中にいると先輩が見えることがあってさ、いつも一緒に戦ってるって思えるんだ」
きっと、こうして亜紀が作った春風もその意志を受け継いで、守られていくんだね。
さぁ、私はこれからなにをしよう。
止まっていた時間がゆっくりと動きだす。
私はキミを置いて大人になることが怖かった。だから現実の時間を止めた。
だけど遠回りして気づいたよ。
亜紀のことを大切に想っていた人たちはみんな亜紀を置いていったんじゃない。
その傷を背負いながら、懸命に。
亜紀と一緒に生きることを決めたんだね。
だから私も生きるよ。
今の時間を大切な人たちと生きるからね。
「あーなんか色々話してたら腹へった。アイスでも食いながら帰ろうぜ。しかたねーから奢ってやるよ」
真面目だった夏井はどこへやら。いつもの口調で相変わらず〝やるよ〟とか上から目線。
「だったらアイスと肉まんがいい」
「は?じゃ、肉まんはお前が奢れ」
「ムリ」
私も私らしく。
素直でありのままの自分で。
「よし、行くぞ」と夏井が私に手を差しだした。私は迷うことなくその手を掴んで、ふたりでまっすぐな道を走る。
冬が終われば春がくる。
そして夏がきて、秋がきて、そうやって季節も呼吸とともに、めぐりめぐるのだろう。
夏井とまたバカな話をしながら、あははと声をだして。
雲の切れ間からはいつの間にか雪が消えて、眩しい光が私たちを包んでいた。
【100万回の祈りをキミに】END