100万回の祈りをキミに
左手と左足でうまく椅子を支えて素早く腰をかがめた。
寸前まで普通に通りすぎようと思ってたけど、足元に夏井のカバンが見えちゃったから。
ビックリしてたのは夏井のほうで、すごい間抜けな顔してる。
「荷物貸して」
私は右手を出した。
「え……荷物って?」
「リュック。安藤さんの」
可愛いウサギのぬいぐるみが付いたリュックがゆらゆらと揺れている。
それを背負ってる夏井を見て誰かがクスクス笑ってたよ。しかも色はピンクだし。
「い……いや、けっこう重いよ?」
「いいから貸して」
無理やり夏井の背中からリュックを剥がした。
女子のリュックってなにが入ってんだってくらい重いけど、女子ならそれが普通だから重いって感じない。
私は迷惑ならないように安藤さんのリュックを背負ってすぐ歩きだした。
その間ずっと夏井がポカーンとしてたけど無視無視。
体育祭の開会式は8時30分に始まった。
選手宣誓と準備運動をして最初の競技は100メートル走。競技に出る人はジャージを脱いで体操服になっていた。
「藍沢」
名前を呼ばれて振り向くと夏井がジャージを脱いだ姿で立っていた。
そういえば夏井って100メートル走に出るんだっけ。選手決めの時ほとんどが挙手だったけど、スピード勝負の競技だけは足に自信がある人が選ばれてた。
「さっきはありがとな」
ずっと夏井の視線は感じていた。
きっとこれが言いたかったんだろう。
「べつに。私は安藤さんのリュックを運んだだけで夏井にお礼を言われることはしてないよ」
安藤さんは友達だし、私に良くしてくれるから荷物だけは私が持っていこうと決めてたのに夏井が全部引き受けるから、言うタイミングを逃してしまっただけ。
「うん。それでもサンキューな」
そんな顔して笑わないでよ。
「あ、ちゃんと応援しろよ?優勝したら打ち上げ強制参加だから」
夏井は3組のカラーである青のハチマキをぎゅっと額に巻いた。
だから〝しろよ〟とか〝強制参加〟とかそういうところが苦手なんだって。