食わずぎらいがなおったら。
「田代さん!」

部長席で1人になったタイミングを見つけて、とりあえず飛んで行った。

「香ちゃん、またよろしくな」

「なんで、今なんですか」

「そういうお年頃だよね。それに色々大人の事情とね」



でも。今、奥さんが身重なんでしょ?後1年でも、管理にいればいいのに。そんな何でもない顔して。

私の言いたいことがわかったんだろう。田代さんは目じりを下げて微笑んだ。ちょっと情けない顔になる。

「ま、事情はどうあれ、やるべきことをやるだけだよ。期待してるから、よろしく」

立ち上がると、私の頭をぽんとたたいて、行ってしまった。



田代さんらしい。やるべきことをやる、情に流されない、そういう人だ。

だいたい、35才で部長なんてほぼありえない抜擢なのに。

そんな何でもないような顔して。




いつも飄々としていて、さりげなく優しくて、本気で怒った時だけすごく怖い。そして迫れば冷たく断るくせに、結局は優しい。

どっちなんだよ。



大人すぎて、さっぱりわからない人だった。仕事でも、プライベートでも。

ただ頑張ってついてって、結局は置いて行かれたんだ。

田代さんの結婚は、私が彼の部下でなくなってから割とすぐ後だった。





「仲良いね」

なんとなくざわついたままのフロアで、平内がからかうように話しかけてきた。

「恩人だからね」

「いい声してるよね」

「あの人は声だけじゃないよ」  

バカにするなときつめに言うと、俺は?と意外と拗ねた声で聞いてくる。まったく。

張り合おうなんて10年早いから、と答えてから、ほんとに10歳違うのか、若いなぁと気づいた。
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