食わずぎらいがなおったら。

営業の川井さん

開発部長が田代さんになったからって、直接各プロジェクトを指導しているわけじゃないんだけど。

空気感が変わってきた。

営業とやりやすくなってきた。





「あの人、意外とすごいですね」

休憩室で真奈とお茶を買っているところに、平内が来た。

「田代さんのこと?」

意外とだと?失礼だな。普通にすごいんだよ。

「営業部長を懐柔してて、川井さんがかなり焦ってるって」

さすが、平内。情報早い。



営業の川井さんは、他業界から来た人で開発の事情を汲もうとしない。でも強権でやっかいな人。

「川井さん、ってどんな方でしたっけ」

真奈が聞く。怖いおじさんだよ。

「香さん、付き合ってたでしょ?」

「え」

「真奈、いちいち信じない」

いいかげんにして、平内。

こないだの貸し、忘れたの?ちゃらとは言ったけど。信じられない、と目で伝えた。

「すいません、冗談です」

さすがに思い出したのか、すぐ謝る。



私は社内で悪意のある噂を立てられやすいのだけれど。これだけは本人に知られたらやばいんじゃないのと思う噂だ。こっちだってお断りだけど。

「怒鳴られてましたよね、よく」

「見たことあるの?」

「俺が新人のときに。泣いてた」

にやっと笑う。

うそじゃん。泣いたことなんてないし。怒鳴られてたのはほんとだけど、職場で泣いてたら仕事にならないでしょ。

からかってるだけなんだよなぁ、ほんと。

呆れて言い返す気にもならない。




「うそ。よく泣かないなと思ってさ」

「当たり前でしょ」

「俺なら泣くかも」

真奈が驚いた顔で見てる。

泣くわけないでしょ、こいつが。




「そんなに怖いわけじゃないよ。怒鳴るのが趣味、みたいな人」

「開発と営業が揉める時に、常に中心にいる人、ですよね。気をつけてね、香さん」

今更どう気をつければいいの、あの人に。わかってるなら教えてほしい。
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