食わずぎらいがなおったら。
平内との帰り道
帰り際、平内を捕まえた。
「さっきありがと」
「コーヒーぐらい、いつでも」
「ありがと」
それだけじゃないってわかってるだろうに、ごちゃごちゃ言わない。食えない奴。
「飯食いに行く?」
「行く」
最近、時々2人で帰りにご飯を食べている。
歩いて帰れるし、会社の人にも会わないし、お互い気楽。
気にせず飲んでもいいよって言ったけど、私があんまり飲めないからか、平内はビール一杯頼んだだけだった。
「最近空手やってる?」
今日のことは話したくなくて、趣味の話を振る。
平内はどちらかというとかわいい見た目のくせに有段者だ。似合わないと思うんだけど、結構強いらしい。
「いや、あんまり。平日行けなくてさ、練習」
「じゃあ飲んでる場合じゃなかったね」
「こっちのほうが大事でしょ」
口の端をあげ、意味ありげに目が笑ってる。
そんなこと、私も言ったっけ。言われてみると、結構恥ずかしいかも。変な意味じゃないけど、お互い。
「香さんは?弓道、やってる?」
「週末に少しやったりしてるんだけど、全然だめ」
「精神状態が影響するんだっけ」
あ、墓穴だ。最近いろいろうまくいってませんて、打ち明けてるようなものか。
「田代さん、か」
面倒だなって感じに上を向いて、平内が呟く。
「今日のは結構きつかった。わざとって言ってもさ、本当のことだよね」
「香さんてさ、意外と自分が見えてないよね」
つい愚痴をこぼしたら、痛いところを突かれて、思わず息を飲んだ。
見えてないって、ばれてる。いやだな。
「ああいう交渉は他の人に任せて、得意なところやってたほうがいいんじゃないの。香さんが拾ってくれてるおかげで、つまんない仕様漏れとかバグとか減ったし」
でも、いつまでもそんなちっちゃい仕事ばっかりじゃダメだって言われてるんでしょ。
「みんな助かってるって。細かいとこチェックしてくれるし、ダメなとこはダメってはっきり言えるしさ。俺は好きだよ、香さんのやり方。丁寧で、潔くて」
丁寧で、潔い、か。
見てくれてるんだ。
言われて思いの外嬉しいことに、自分でもびっくりした。
年下に慰められて舞い上がってるなんてカッコ悪いけど。
それにしてもほんとにいやだ、こいつ。
好きとか言うの、そういう流れでも、やめてほしい。
変な気持ちになる。