食わずぎらいがなおったら。
平内が出社してきても、そっちを見ないようにして仕事に集中した。

昨日早く帰った分、結構やることがある。

田代さんに頼まれた仕事の修正もあって、席に呼ばれて行ったり来たりしていて、隣にいる真奈とも接触が少なかったし、色々考える暇がなくて助かった。




なんとなく避けてるのがわかったのか、平内が携帯にメッセージを入れてきた。

【終わる? 一緒に帰ろう】

【あとちょっとかかるかも】

【駅にいる。終わったら連絡して】



駅のホームで待ち合わせることになった。

話さなきゃ。

そう思うのになかなか切り出せず、関係ない話をしながら電車に乗る。




電車を降りて歩き出したところで、やっと言った。

「あのね、やっぱり、無理かも、今は」

「…なんで?」

態度が変なのわかってたのかも。大して驚いてない声で聞かれた。




「平内のことを好きな子がいるし」

「真奈ちゃん?」

わかってるんだ。そうだよね。気づくよね、この人。




「なんでそれが理由になるの。中学生かよ」

呆れたように聞かれる。でも、真奈は本気っぽいし。私がこんな風にしちゃうの、ダメでしょ。

「相談されて、がんばれって言っちゃったし」

「最近?」

「6月ぐらい。でも、今日も」

「まあ、気にはなるか」

頭の上から、ため息が聞こえた。

「ごめん。その時は、こんなことになるってほんとに、思ってなくて」

「だよね、知ってる」




「どうしたいの。真奈ちゃんも食っとけって言ってる?」

からかうような声で言う。俯いて答えられないでいると、声色がかわった。

「マジかよ……それだけ?他にもなんかあるの?」



なんかってなによ。黙ってたら、またため息をつかれた。

「田代さん、とか?」

は?

田代さん今関係ある?つきあってるのって前に聞かれたこと?

目をあげて平内の顔を見た。

「どういう意味?」

怒ってるの? 怖い顔してる。



答えないでしばらく見下ろしてから、平内は諦めたように言った。

「わかった」

そういうと、踵を返して行ってしまう。




速い。普段はこんなに速く歩くんだ、といつも通りのろのろと後ろから歩きながら考えた。



見えなくなるまでなんとなく見つめ続けてから、振り返ってくれることを期待してたと気がついた。

バカだ。





こんな風にしたかったわけじゃないのに。

じゃあどうしたかったのって、もし聞かれても、わからないけど。





マンションに帰ると、赤い自転車は自転車置き場に戻っていた。鍵はついていない。

返してって言うの、忘れちゃったな。



でも、もうとても言えそうにない。



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