食わずぎらいがなおったら。



帰り道、後ろから声を掛けられた。

「お疲れ様」

振り向かなくても、もちろん声で分かる。

外で話しかけてくるなんて珍しい。

びくっとしたことに気づいてないといいなと思いながら、横に並んだ姿を見上げて答える。

「ありがと。助かったよ、ほんと」






聞きたいことも言いたいこともたくさんあったはずなのに、いざとなったら緊張する。何から話せばいいんだろう。


とにかく何か話さなくちゃと思った時、平内の方が先に口を開いた。

「田代さんと、なんかあった?」

聞かれてもしかたないことなのに、何も答えを用意してなくて、思いついたまま答える。

「なんにもなかったけど、愛されてるなと思った」




言ってから、誤解のないように付け足す。

「田代さんだけじゃなくて、みんなに。みんな助けてくれるから、1人で頑張るな、頼れって言われたの。当たり前なんだけどね、わかってなかったの」

気持ちが読み取れない顔で、でも、平内がまっすぐにこっちを見た。いつ以来だろう。

「わかってないからな、香さんは」

柔らかい声で言った。声が好き。





急に手首を掴まれて、ドキッとする。

上を向けさせた手の平に自転車の鍵を乗せて、その手で私の右手を丸ごと包んで握らせる。

大きな手。



「これ、返してなかった」

驚いて見上げた目を、まっすぐに見返してそう言った。

何かを言い聞かせてるように聞こえた。何を?




どういうこと、どういう意味、これ。




離された手を開いて、赤いキーホルダーがついた鍵を見つめる。

合鍵を返されるってこんな感じかも。誰にも渡したことないけど。

もう関係ないってことなの?

なんで今まで持ってたの?




鍵を見つめているうちに、平内の気配が消えた。
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