食わずぎらいがなおったら。
会社の近くがいいかと思ったら、平内が駅に入っていく。
「香さんちの近くでいいよ、俺歩いても帰れるし」
そうね、歩いて帰れるのはいいよね。
でも念のため、下心とかないよね、うちには上げないよ、と確認する。
冗談だけど。
「あるって言ったらどうすんの」
「この話はなかったことに」
面白そうに笑う平内に、間髪を入れず返す。
その気がない子を無理やり口説く趣味はないから大丈夫、だって。
そっか、来る者拒まずだけど、自分からはいかないのね。
2人だからって変に意識したらおかしいし、かと言ってやたら隙があるのもどうよって思うし、難しいなぁ、年下相手って。
私の最寄駅まで電車に乗る。
平内がいつも降りる駅は、一つ先。
意外と家の近くで飲んだりしないので、お店がわからないんだけど。
平内は来たことがあるらしく、路地裏の小さな居酒屋に入った。
カウンターに座ってビールと料理を頼み、乾杯したところで携帯にメッセージが入った。
ごめんと断ってチェックする。
同期の武田だ。
「武田が、今から飲もうって言ってる。他の同期も一緒みたい。どうする?呼ぶ?」
「んー、俺は正直、嬉しくないけど」
「だよね。じゃ断るね」
武田には【先約あるからパス、また誘ってよ】と連絡する。
飲み始めちゃったしね、ここまで来てもらうのも申し訳ないし。
「いいの?」
自分で言っといて、平内が驚いてる。
「今は平内のほうが大事でしょ。先約なんだし」
武田は去年結婚したから付き合いづらくなった。
さすがに2人で飲みに行ったらまずいかなぁと、遠慮はしてる。誰かが一緒だったらいいんだけど。
平内ならその点安心でしょ。
人のことは見えてなくても、自分のための計算はできる。それが私。打算的だ、われながら。
「俺ちょっと頑張ろうかな」
武田とそのままちょっとやり取りしてたら、横で平内がつぶやいている。
ん?何の話だった?大事とか言っといてスマホに集中しちゃった。
「ごめん、なんだっけ」
「別に。とりあえず、乾杯し直しね」
ニコッと笑って、グラスを合わせてきた。