せめて、もう一度だけ
「ただいま」


「おかえりなさい」


諒は今日も、いつもと変わらない。


寝室でスーツを脱ぎ、部屋着に着替えてお風呂場へ直行する。


私は夕飯をあたためはじめ、ビールのグラスを冷やす。



今日、いつもと違うこと。


夕飯を二人で食べながら、諒に求人チラシを見せたこと。


「ふーん、美希子がやりたいならいいんじゃん?」


「わかった、ありがとう」


そのあとは、あまり会話も弾まず。


私は、後片づけをして食洗機をまわして、テーブルを拭く。


諒は、新聞を読んだりテレビを観たり、ソファーでビールを飲みながら過ごす。


別に、後片づけを手伝ってほしいとは思わないけど。


一緒にいるのに、別々のことをしているのが普通になってしまった。


何か話そうとしても、ためらってしまうほどに。


どこの夫婦も、こんなものなの?


つきあっていた頃や、結婚してしばらくはもう少し会話があった。


もともと諒は、物静かで必要以上に話さないタイプではあったけど、こんな風になった原因のひとつは、間違いなく子どものことだと思う。


二人で話し合って決めることなのに、私たちの間には見えない壁があるみたいだ。



結局その日も、抱かれないまま眠りについた。









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