ビター・アンド・スイート
今日は疲れた。
接客も、レジも初めてだったし、立ちっぱなしで足が痛い。
かなり緊張していて、仕事の内容のメモを取ったけど、
覚える事が沢山あって、直ぐに忘れてしまいそうだ。
20代初めの頃とは大違い。
衰えを感じる。

やれやれ。

デパートをでて、駅ビルを歩くと、
ここら辺で有名な赤い紙袋のパン屋があった。
思わず、フランスパンを買って、帰る事にする。
パンのいい匂いを嗅いだら、少し、緊張が溶けて、
喉が渇いている事に気づく。
水も飲むのを忘れていた。
コーヒーくらい飲んで帰るか。

駅の改札前の立ち飲みのコーヒーショップに寄る。
ホットのカフェオレを持って、空いた場所を探すと、
コーヒーカップを持って私の顔を見る男がいる。
肩までの髪を解いているけど、あれは
「gâteau kazama」の店長だ。
見間違いようのないイケメン。
私は避けて、違う場所にカップを置いて落ち着くと、
そいつは私の隣にやって来た。
「避けなくってもいいんじゃねーの?顔があったら、挨拶するだろ?
お向かいさんだし。」と私の顔を覗く。
「コンバンワ。」と言って、顔を背けると、クッと喉を鳴らして、
「コンバンワ。出戻りのハヅキさん。」と楽しそうに笑った。
…聞こえるほど、大きな声で話しただろうか?
私がキツく見上げると、
「その顔って、俺を誘ってる?」と薄く笑顔を作る。
「いいえ。自信過剰なオトコに興味はないの。」とにっこりすると、
「よかった。どうやって断ろうかって考えなきゃ、って思ったところだった。」とクスクス笑う。
「帰ります。」とカップを持って帰ろうとすると、
「待てよ。」と私の手を掴み、
「俺はもう、飲み終わった。ゆっくり、飲んで帰れば。」
と私の手を離して、カップを持って立ち去った。

サラリと揺れる髪。
今時長髪なんて、はやらない。
飲食業なら、髪を切れ。
そう心の中で悪態を付いて、ゆっくりカフェオレを飲み干した。
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