ビター・アンド・スイート
今日も帰りにコーヒーショップに寄ると、
あいつがいる。
時折、あの男もここに寄るらしく数回顔を合わせていた。
私があいつを避けて、カップをテーブルに置くのを確認すると、
わざわざあいつは私の隣にやって来る。

「なんで、毎回俺を避けるかな?」とクスクス笑って隣にカップを置く。
「さっき迄、目の前にいたから、
もう、見なくてもいいかなって思って。」と、顔を背けると、
「さっき迄、俺を見てたって事かな?」とフフンと笑う。
「馬鹿なの?」とキツく見上げると、
「だから、その顔は俺を誘ってるだろ。」と私の瞳を見つめる。
「なんで、そんなに自信があるのか、理解できないけど。」とさらに睨んでやると、
「だってさ、俺に会っても、コーヒーショップ変えないじゃん。
それって俺に会いたいって事だろ。」とくすんと笑う。
「ここの、深煎りじゃないコーヒーが好きなの。」と言うと、
「おお。気があうじゃん。
俺も、深煎りのコーヒーより、ここのブレンドが好きかな。」
と私ににっこり笑いかけた。
人懐っこい笑顔。
このひと、こんな顔も出来るんだ。とちょっと見ると、
「何?」と聞くので、
「そういう笑顔を店でも見せれば。」と言うと、
「従業員に舐められる。」と又、不機嫌な顔をした。
「店長さんも大変ね。」とくすんと笑うと、
「いい加減に名前くらい覚えて。」とスーツのポケットから名刺を取り出し、私に渡す。
「城田 亮(しろた りょう)。エリアマネージャーなんだ。」と読み上げると、
「35歳。独身。って一応教えとく。」と私に笑いかける。
「結構あの店にいるって思うけど。」と顔を見ると、
「あの店が1番場所が悪い。」と顔をしかめる。

なるほど。
うちの店も目の前だけど。と心の声が聞こえたみたいに
「和菓子はあの通りがメインだろ。広いし、事務室も、ストックもある。」
そう言われればそうだ。
「洋菓子はエスカレーター前がメイン。広い囲みの店に保冷庫2個持ちたい。
kazamaのコンクールで賞を取った『美咲』ってムースは温度管理が他の菓子と違う。
だから、たくさん持ってこれない。売りきったら終わりだ。」と、機嫌の悪い顔を見せる。

「あんたの老舗の店は恵まれてる。って事だ。新参者は実績を上げるしかない。
いつでも、斬られそうな場所だ。俺は必死なんだよ。笑ってる暇はない。」とくすんと笑った。
なるほど、案外真面目なんだ。と顔を覗くと、
「いま、俺を見直したって顔したろ。惚れたな。これは。」とニヤリとする。
「その顔、キモイ。」と機嫌の悪い顔で言ってやると、
声をあげて笑った。



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