ビター・アンド・スイート
翌日、着物や、草履の入った大きな荷物を持って出社する。
すごく重い。通勤にはものすごく邪魔だし。
時折、目にする左手首の内側にはあの気にくわないオトコの付けた印が付いている。
気に入らない。
目立たないのに気になる。私だけが知っている印。
くそう、何度もあの唇の熱さを思い出す。
私はあのオトコに心を乱されているみたいだ。


昼休みを早めにもらって、着物売り場の裏の控え室で、着物に着替えさせてもらう。
薄い水色に柳の模様。帯は黒。
昨日、おばあちゃんに相談して決めた柄だからおかしくないはずだ。
そのうち、麻で真っ白の格子柄も良いだろう。
夏が終わったら、江戸小紋かな。そんなことを思いながら帯を結ぶ。
和菓子はとお茶の関係は密接だ。
私達家族は、知り合いの茶道の先生にお呼ばれもあるので、
着物の着付けは必須だ。
結婚する時に、いくつも作ってもらった着物。
こんなところで役に立つって思わなかったな。

着替え終わって、後ろ姿を確認していると、
「若いのに、着付けがうまいねえ。」と着物売り場のおばちゃん達に声をかけられる。
「ありがとうございます。お邪魔しました。」と荷物をまとめていると、
「置いていって良いよ。」とロッカーもかしてもらえた。
ありがたく借りて、小さなバッグひとつで従業員用の廊下に出る。

廊下を小走りに行くと、また、あいつに会う。
口を開けて見つめるので、
「何?」と怒った声を出すと、
「着物脱がせたい。」と耳元で言うので、
「変態。」と言い捨てて、先を急いだ。
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