ビター・アンド・スイート
「お客様、こちらにお並びいただけますか?」と後ろから話しかけられ、振り向くと、
背が高くて、紺のストライプの細身のスーツがよく似合う、
まっすぐな髪を後ろでキュっと結んだ30代半ばの男が微笑んでいた。
くっきりした目鼻立。二重の切れ長の瞳、クッと上がった薄い唇。
イケメンと言えるだろう。
「失礼しました。」と私は慌てて、頭を下げ反対側の店舗に飛び込む。
背の高いオトコが私を機嫌の悪い顔でちょっと、見てから、フンというように
gâteau kazamaに入っていく。
「ハヅキさん、どうしました?」とウミノさんに聞かれ、私はブンブン首を横に振る。
「私、見てましたよ。前の店の店長うっとり見てたんでしょう?」
とグレーの制服に赤いエプロンと、頭に三角巾を被った20代の女の子がクスクス笑った。
「い、いいえ、違います。
gâteau kazamaって話題のお店だって思って
驚いて、立ち止まっただけです。」と慌てて言うと、
「へえ、あの店知ってるんですね。
もう、木下さん、いい加減なこと言わないでよ。」とウミノさんが笑って、
「午後4時までアルバイトをしてくれている、木下さんです。
こちらは昨日話した三吉 葉月さんです。」というので、頭を下げると、
「出戻りのハヅキさん。ですね。」とにっこり笑ってくれる、
「こらっ!余計な事を言うな。」とウミノさんが怒った声を出すけど、
「大丈夫です。本当に事ですから。」と私がクスクス笑うと、
「ゴメンナサイ。」と木下さんは舌を出した。

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