巫部凛のパラドックス(旧作)
「いいんじゃない。ここに住まわせてもらえば」
「そうね、やっぱりそうよね。うんうん、そうするわ」
 あのうゆきねさん。やっぱりそういう結論になるのですか?
「じゃ、ここに住まわせてもうらうってことで決定ね。居候? ってな感じで」
「いやいや、やっぱおかしいって」
「だって、しょうがないじゃない。私たちはこっちの世界じゃ行くところがないんだもん。それに、一緒に住んででいれば色々都合がいいんじゃない?」
「なんで都合がいいんだよ?」
「あんたも手伝うんだから、都合がいいに決まってんでしょ」
 当然のように言い放つゆきねだが、理不尽すぎる。
「さて、じゃあ、私の部屋はっと……」
 物色するように二階へと歩を進めるが、やっぱこうなっちまうのか。なんの因果なんだよ一体? これからどうなるのかを考えると暗澹たる気分しか思い浮かばないのだが、本当にどうなっちまうんだろう。


 翌朝、目覚まし時計の攻撃をスヌーズ三回分ほど凌ぎ、瞼を開けた。若干強めの朝日が降り注ぎ、今日も一日が始まってしまったのかと諦めの境地で体を起こそうとすると、布団の中に違和感が。

「?」

 不思議に思い、布団を捲ると、そこには、体を丸めたゆきねが心地よさそうに瞼を閉じているじゃないか。
「はい?」
 咄嗟の出来事に驚きの前に疑問が来てしまった。ちょっと待て、俺。冷静になれ、ここで冷静になれなければ、きっと生命の危機が訪れるであろう。
 俺がしきりに思考を逡巡させ、この後どんな行動を起こすべきがうなっていると、
「う、うーん」
 右手で右目を擦りながら、ゆきねが身を起こした。まだ完全に覚醒しきっていない半分寝ぼけた顔で俺を見つめる。
「よう、おはよう」
「…………」
 片手を挙げて爽やかに朝の挨拶をすると、
「ん?」
 最初は、首を傾げていたが、段々目に力が戻ってくると、
「なっ、なっ、なっ」
「な?」何を言おうとしているのだろうか。
「なにやってんのよ! この変態!」
 右ストレートが飛んで来やがった!
「ちょっと! あああ、あんた何やってんのよ。夜這いだなんて正気? 一回殺して正常に戻してあげましょうか?」
 どこから取り出したのか、どこかで見た長刀の切っ先を突きつけられる。少しでも動こうものなら、バッサリといきそうだ。
「まっ、待ってくれ! 誤解だよ誤解」
「うるさい、五階も六階もない、今すぐ死ね!」
 振り上げられる刀。ああ、こりゃもう死んだな。正にそれが振り下ろされる瞬間。「あれ?」
という声とともにゆきねの動きが止まった。
「あれ? ここ……私の部屋じゃ……ない?」
 何故疑問形なのか甚だ疑問ではあるが、俺の冤罪に気づいてくれたらしい。
「勘違いだ。ここは俺の部屋で、これは俺のベッドだ」
「なんで、私がこの部屋にいるのよ。ハッ、まさかあんた、寝ているのをいいことに私をここまで運んで……」
 妄想も大概にしておけ。
「ちょっと、何を騒いでいるの?」
 今度は少し開いたドアから喋る猫が入ってきた。一気に騒がしくなる室内だが、渡りに船とは正にこのことか!
「朝から何ケンカしてるのよ。原因は何?」
「聞いてよさくら、こいつが私を襲おうとしたのよ」
 何となく犯罪者確定っぽくなってるじゃねえか。
「寝ている事をいいことに私をここまで運んで……」
「待ちなさい。それ本当? 確か夕べあなたは歩いて部屋を出ていったわよね」
「えっ?」
「何か寝言を言いながら枕を持って行ったじゃない」
「それ……本当?」
「本当よ」
「じゃあ、こいつが襲おうとしたのは……」
 ゆっくり俺を見上げる。
「そうねえ、一言で言うと冤罪?」
 やっと俺の疑いが晴れたようだ。
「なっ、なっ……」
 この言葉にならない呻きを上げているのはゆきねだ。
「はあ、この子の寝相の悪さは天下一品なの。あなたもこれからも大変ね」
「なな、何言ってんのよさくら、私の寝相が悪い訳ないじゃない!」
 赤面させながら、ゆきねは抗議を繰り広げているが、
「さあ、朝食にしましょう」
 サクラは我関せずといった感じで部屋を出ていった。
「……」
 残されたゆきねと俺。なんとなくゆきねの方に顔を向けると、
「ふん!」
 すねるように顔を背けられた。確か俺って冤罪だよな。
「あっ、あんたが悪いんだからね」
 そう言い捨てるとサクラを追って部屋を出るが、なんとなく顔が朱色になっていたような……やっぱ気のせいか。
 そんなこんなで、俺の生活は高校に入り百八十度変化してしまった。もう一つの世界を探すといって俺と麻衣を巻き込んだ巫部、平衡世界やバグを狩るというゆきね、と、何がどうなって、こんなことになっちまったんだろうなあ。夢であるならば早いとこ覚めてくれよな。
< 23 / 67 >

この作品をシェア

pagetop