巫部凛のパラドックス(旧作)
だが、悲しい事にこれが現実。家での騒動もプラスされしまい、俺の安息の時は永遠にやってこないのかもしれない。学校にいても今日も今日とて、放課後がやってくる。ホームルームが終わると磁石に引き寄せられたかのように、
「さあ、今日も探しに行くわよ」
笑顔全開のこんな奴が現れるのだ。
「なあ、巫部よ」
「なに? 質問と苦情以外なら受け付けてあげる」
「もう一つの世界とやらは本当にあるのか?」
「あら、質問じゃない。じゃあ無効ね。さっさと行くわよ」
そう言ってネクタイを引っ張られ連行されていく俺。あのー、人権というものはないのでしょうか? 基本的人権は憲法で最も遵守されるべきもののような気がするのですが。
「さっ、今日はここを探すわよ」
そんな俺の抗議などあっさりとスルーされ、連れて来られたのは体育館脇の建物だった。ここは合宿する生徒が宿泊する建物で、キッチンや浴場などが備え付けられているらしい。長期休暇の際に運動部などが利用すると聞いたことがあるだけだ。
巫部は、事もなげに入口の鍵を開けている。
「おい」
「何?」
振り向かず言葉だけで返答する巫部。
「なんで、お前がここの鍵を持ってるんだ?」
「どうでもいいでしょ、そんな事。いいから、今日はここを探すわよ」
なんちとなく、これ以上深追いすると、ヤバイ雰囲気が漂ってくるので、あえて聞かないようにした。言っておくが、「あえて」だぞ。
それから、いつもの通りの捜索タイムとなる。でもって、結果はいつもと同じ、収穫ゼロで、釣りで言うならボウズってやつだ。
「ここにもないわねえ」
巫部は襖を開けたり、天井裏を覗いたりとアクティブに行動している。俺はというと、若干の疲労とともに、キッチンの椅子に座りボンヤリしていた。
俺の生活が一変してから二週間が過ぎようとしていた。巫部のもう一つの世界探しと、ゆきねのニーム探し。ったく、俺は探し物専門業者じゃないっての。でもって、その探し物というのが、二つとも実在するかわからない代物ときたもんだ。とりあえずゆきねに関しては、この間「しばらく一人で動くわ」なんてことを言い残し、会うのは家だけになったので、思いっきり巫部に拉致られているのだが、二人同時となると俺の精神は持つのだろうか。
「こらー、何さぼってんのよ」
向こうから怒号が聞こえる。やれやれ、見つかってしまったか。今日も帰るのは空が茜色になってからかな。なんてことを思いながら声の主の方へと歩を進めた。
数時間後、やっとのことで巫部に開放された俺はヘロヘロになりながら家に辿りつくと、
「ちょっと、随分と遅いお帰りじゃない」
もう一つの元凶、ゆきねが待ち構えていた。
「いや、ちょっと、探しものをな」
「探しものって、こんな時間まで? で、探しものは見つかったの?」
「いや全然。というか何を探しているのかもわからないんだ」
「??」
ゆきねは不思議がっているが、俺にはこれしか答えられない。だって本当に物じゃないのだからな。
「ほら、ゆきね。そこで会話を終わらせない」
横にはいつものぬいぐるみが立っていた。
「あら、今日は直ぐに気づいたのね」
「いやあ、さすがになれましたけどね」
「じゃあ、簡潔に話をするわね。この前からこの学校付近を再検索していくつかわかったことがあるわ。その結果、やっぱりニームはこの学校にいるらしいのよ」
「ここに?」
「そう、私達が初めて会った時をおぼえてる? 私達はニームの微弱な存在を感知してこの学校に来たの。でも、あまりにも微弱だったから確信が持てないでいたわ。でも、今回の捜索でほぼ確定ってことになったわけ。結論を言うわ。ニームはこの学校の関係者よ。それも毎日通っている。ということは……」
「生徒ってことなんですか?」
「そうね」
「そいつは、なっ、何年何組ですか、男ですか、女ですか?」
「慌てないの。残念ながらそこまではわからないわ。ただ、あの学校の生徒というのは間違いないと思うわ」
「そうなんですか」
「そう、だから私が潜入するって寸法」
今まで黙っていたゆきねが割って入ってきた。
「私が学校に侵入して痕跡をたどるわ。私が見ればすぐに発見できると思うもの」
「ちょっと待て、侵入って一体どうやって?」
「えっ? 何言ってんの。生徒になりきるに決まってるじゃない」
「いやいやそうじゃなくってさ、転校とかの手続きはどうすんだ?」
「転校? ああ、別に授業に紛れ込むなんて考えてないわよ。休み時間と昼休み、それと、そうね、放課後に探すだけだから」
「じゃあ、授業中はどうするんだ?」
「そうねえ、適当に過ごすわよ。屋上で寝てようかしら?」
「いや、でも、教師に見つかったら厄介な事になるんじゃあ……」
「うっさいわね。バレなければ大丈夫なの! いい、私が決めた作戦なんだから、無駄口を挟まない! いいわね!」
ビシっと指を俺に突きつけるが、なんだろう、このとてつもない不安感は、あっさり教師陣に見つかってしまうと考えるのは俺だけなのだろうか。だがここで、異論でも挟もうものなら、切れ味鋭いボディーブローでもくらいそうだな。こりゃ、大人しく肯定しておくかねえ。
「そういえばさ」
とりあえず、学校に侵入うんぬんは、置いておいて、
「そのニームとやらを探すのは、俺も手伝うのか?」
「そうよ。当然じゃない」
当たり前の事に「何言ってんの?」と続きそうな程の勢いで返答するゆきね。
「いや、実は、放課後は……何と言っていいかわからないのだが、ちょっと用事があるんだよ」
「用事?」
「ああ、ちょっと野暮用があるんで放課後は手伝えないんだけど、いいか?」
「うーん」
ゆきねは右手を顎に宛がい少し考える仕草をすると、
「まあ、いいわ、放課後は勘弁してあげる。ただし、休み時間と昼休みはちゃんとさがすからね」
やれやれ、巫部といい、ゆきねといい、何故俺が何やよくわからないものを探すはめになっちまってるんだろう。
辟易としながらも、ここで唸っていても仕方ないと、疲れきった体に鞭を打ち、夕食の準備を始めるのだった。
翌日、今日も何の変哲もなく学校につつがなく到着する。だが、今日はいつもと少し違う。俺の後では、少し不機嫌そうに歩くゆきねがいるのだ。
前を歩く俺に付かず離れず一定の距離を保つゆきねは、周りの景色を眺めながら至って余裕ってな感じだ。いや、これからこいつは不法侵入をするのだが。
「ねえ」
これからどうするのか、ばれたらどうするのかと、正規の生徒であるはずの俺があれこれと考えていると、後から声が発せられた。
「ん? なんだ?」
「あんたさ、ニームはどんな奴なんだと思う?」
「うーん。どだろうなあ、何かの物語的だと、世界滅亡を企む悪い奴? みたいな感じか?」
「はあ? あんた馬鹿なの? 前に言ったじゃない、ニームは無意識で平衡世界を作り出しているのよ」
「ああ、そうだったな。だけど、そんな感じじゃさっぱり見当はつかないな。見た感じじゃわからないんだろ?」
「そっ、そうだけど、だから聞いているんじゃない」
「まあ、意外に普通の奴かもしれないな」
そう言って俺は再び校舎に向け歩を進めようとすると、ゆきねは俺に並び、
「でも、ニームである以上、何らかの原因があると思うの。それはどんなことか私にはわからない。でもね。心が充実している人はニームになるとは思えないの。何かしら心に傷がある人がニームになるものだと私は思うわ」
「そんなもんかねえ。心に傷なんて漫画や小説の世界だけじゃないのか? 実際には、そんな奴はいないんじゃないのか?」
「それは私にはわからないわ、私は可能性を言ったまでよ。だけどね。平衡世界を作り出すほどの強い思いは、あんたを始めとする普通の人間には絶対生まれないのよ」
へいへい、普通で悪かったねえ。
「まあ、いいわ。ニームを見れば私が分かるもの。さあ、急ぎましょう」
そう言ってゆきねは、俺の前方を歩きだす。やれやれ、今日はこのまま無事でいられるのだろうか。
「さあ、今日も探しに行くわよ」
笑顔全開のこんな奴が現れるのだ。
「なあ、巫部よ」
「なに? 質問と苦情以外なら受け付けてあげる」
「もう一つの世界とやらは本当にあるのか?」
「あら、質問じゃない。じゃあ無効ね。さっさと行くわよ」
そう言ってネクタイを引っ張られ連行されていく俺。あのー、人権というものはないのでしょうか? 基本的人権は憲法で最も遵守されるべきもののような気がするのですが。
「さっ、今日はここを探すわよ」
そんな俺の抗議などあっさりとスルーされ、連れて来られたのは体育館脇の建物だった。ここは合宿する生徒が宿泊する建物で、キッチンや浴場などが備え付けられているらしい。長期休暇の際に運動部などが利用すると聞いたことがあるだけだ。
巫部は、事もなげに入口の鍵を開けている。
「おい」
「何?」
振り向かず言葉だけで返答する巫部。
「なんで、お前がここの鍵を持ってるんだ?」
「どうでもいいでしょ、そんな事。いいから、今日はここを探すわよ」
なんちとなく、これ以上深追いすると、ヤバイ雰囲気が漂ってくるので、あえて聞かないようにした。言っておくが、「あえて」だぞ。
それから、いつもの通りの捜索タイムとなる。でもって、結果はいつもと同じ、収穫ゼロで、釣りで言うならボウズってやつだ。
「ここにもないわねえ」
巫部は襖を開けたり、天井裏を覗いたりとアクティブに行動している。俺はというと、若干の疲労とともに、キッチンの椅子に座りボンヤリしていた。
俺の生活が一変してから二週間が過ぎようとしていた。巫部のもう一つの世界探しと、ゆきねのニーム探し。ったく、俺は探し物専門業者じゃないっての。でもって、その探し物というのが、二つとも実在するかわからない代物ときたもんだ。とりあえずゆきねに関しては、この間「しばらく一人で動くわ」なんてことを言い残し、会うのは家だけになったので、思いっきり巫部に拉致られているのだが、二人同時となると俺の精神は持つのだろうか。
「こらー、何さぼってんのよ」
向こうから怒号が聞こえる。やれやれ、見つかってしまったか。今日も帰るのは空が茜色になってからかな。なんてことを思いながら声の主の方へと歩を進めた。
数時間後、やっとのことで巫部に開放された俺はヘロヘロになりながら家に辿りつくと、
「ちょっと、随分と遅いお帰りじゃない」
もう一つの元凶、ゆきねが待ち構えていた。
「いや、ちょっと、探しものをな」
「探しものって、こんな時間まで? で、探しものは見つかったの?」
「いや全然。というか何を探しているのかもわからないんだ」
「??」
ゆきねは不思議がっているが、俺にはこれしか答えられない。だって本当に物じゃないのだからな。
「ほら、ゆきね。そこで会話を終わらせない」
横にはいつものぬいぐるみが立っていた。
「あら、今日は直ぐに気づいたのね」
「いやあ、さすがになれましたけどね」
「じゃあ、簡潔に話をするわね。この前からこの学校付近を再検索していくつかわかったことがあるわ。その結果、やっぱりニームはこの学校にいるらしいのよ」
「ここに?」
「そう、私達が初めて会った時をおぼえてる? 私達はニームの微弱な存在を感知してこの学校に来たの。でも、あまりにも微弱だったから確信が持てないでいたわ。でも、今回の捜索でほぼ確定ってことになったわけ。結論を言うわ。ニームはこの学校の関係者よ。それも毎日通っている。ということは……」
「生徒ってことなんですか?」
「そうね」
「そいつは、なっ、何年何組ですか、男ですか、女ですか?」
「慌てないの。残念ながらそこまではわからないわ。ただ、あの学校の生徒というのは間違いないと思うわ」
「そうなんですか」
「そう、だから私が潜入するって寸法」
今まで黙っていたゆきねが割って入ってきた。
「私が学校に侵入して痕跡をたどるわ。私が見ればすぐに発見できると思うもの」
「ちょっと待て、侵入って一体どうやって?」
「えっ? 何言ってんの。生徒になりきるに決まってるじゃない」
「いやいやそうじゃなくってさ、転校とかの手続きはどうすんだ?」
「転校? ああ、別に授業に紛れ込むなんて考えてないわよ。休み時間と昼休み、それと、そうね、放課後に探すだけだから」
「じゃあ、授業中はどうするんだ?」
「そうねえ、適当に過ごすわよ。屋上で寝てようかしら?」
「いや、でも、教師に見つかったら厄介な事になるんじゃあ……」
「うっさいわね。バレなければ大丈夫なの! いい、私が決めた作戦なんだから、無駄口を挟まない! いいわね!」
ビシっと指を俺に突きつけるが、なんだろう、このとてつもない不安感は、あっさり教師陣に見つかってしまうと考えるのは俺だけなのだろうか。だがここで、異論でも挟もうものなら、切れ味鋭いボディーブローでもくらいそうだな。こりゃ、大人しく肯定しておくかねえ。
「そういえばさ」
とりあえず、学校に侵入うんぬんは、置いておいて、
「そのニームとやらを探すのは、俺も手伝うのか?」
「そうよ。当然じゃない」
当たり前の事に「何言ってんの?」と続きそうな程の勢いで返答するゆきね。
「いや、実は、放課後は……何と言っていいかわからないのだが、ちょっと用事があるんだよ」
「用事?」
「ああ、ちょっと野暮用があるんで放課後は手伝えないんだけど、いいか?」
「うーん」
ゆきねは右手を顎に宛がい少し考える仕草をすると、
「まあ、いいわ、放課後は勘弁してあげる。ただし、休み時間と昼休みはちゃんとさがすからね」
やれやれ、巫部といい、ゆきねといい、何故俺が何やよくわからないものを探すはめになっちまってるんだろう。
辟易としながらも、ここで唸っていても仕方ないと、疲れきった体に鞭を打ち、夕食の準備を始めるのだった。
翌日、今日も何の変哲もなく学校につつがなく到着する。だが、今日はいつもと少し違う。俺の後では、少し不機嫌そうに歩くゆきねがいるのだ。
前を歩く俺に付かず離れず一定の距離を保つゆきねは、周りの景色を眺めながら至って余裕ってな感じだ。いや、これからこいつは不法侵入をするのだが。
「ねえ」
これからどうするのか、ばれたらどうするのかと、正規の生徒であるはずの俺があれこれと考えていると、後から声が発せられた。
「ん? なんだ?」
「あんたさ、ニームはどんな奴なんだと思う?」
「うーん。どだろうなあ、何かの物語的だと、世界滅亡を企む悪い奴? みたいな感じか?」
「はあ? あんた馬鹿なの? 前に言ったじゃない、ニームは無意識で平衡世界を作り出しているのよ」
「ああ、そうだったな。だけど、そんな感じじゃさっぱり見当はつかないな。見た感じじゃわからないんだろ?」
「そっ、そうだけど、だから聞いているんじゃない」
「まあ、意外に普通の奴かもしれないな」
そう言って俺は再び校舎に向け歩を進めようとすると、ゆきねは俺に並び、
「でも、ニームである以上、何らかの原因があると思うの。それはどんなことか私にはわからない。でもね。心が充実している人はニームになるとは思えないの。何かしら心に傷がある人がニームになるものだと私は思うわ」
「そんなもんかねえ。心に傷なんて漫画や小説の世界だけじゃないのか? 実際には、そんな奴はいないんじゃないのか?」
「それは私にはわからないわ、私は可能性を言ったまでよ。だけどね。平衡世界を作り出すほどの強い思いは、あんたを始めとする普通の人間には絶対生まれないのよ」
へいへい、普通で悪かったねえ。
「まあ、いいわ。ニームを見れば私が分かるもの。さあ、急ぎましょう」
そう言ってゆきねは、俺の前方を歩きだす。やれやれ、今日はこのまま無事でいられるのだろうか。