巫部凛のパラドックス(旧作)
 校門が近づくについれ、若干俺は緊張していた。なんたって、俺の横には、堂々と不法侵入しゆとしている輩がいるんだからな。一歩一歩がやたらと重く感じるぜ。
 

 数分後、俺は教室の前にいる。結果から言うと、先ほどまでの緊張感はあっさりと杞憂に終わった。なんの疑いもなく、ゆきねは俺と教室の前までやってきてしまったのだ。まったく、無駄に緊張して朝から疲労感満載だな。
 何の気なしに教室の戸を開けようと引き戸に手をかけると、勢いよく戸が開きやがった。
「うおっ!」
「何が、『うおっ!』よ、朝っぱらから何やってんの」
 目の前にいたのは、いつもの不機嫌顔で俺の目の前に立つ巫部だった。
「何? あんたは、朝から奇声を発するのが趣味なの? だったら文句も言わないけど、痛い人にしか見えないわよ」
「そんな趣味は断じてない。誤解するな」
「まあ、いいわ、今日もまた探すからね。放課後は楽しみにしてなさい」
 そう言うと巫部は、まっすぐ前を向いて廊下を歩いて行った。
「……」
 無言のまま、俺は巫部の後姿を見送ってしまった。やれやれ、今日もなのか、と、辟易としていると、不意にゆきねが視界に入った。
「…………」
 俺以上に無言で、巫部が歩いていった方向を見つめていた。
「どうしたんだ?」
 いつもは喧しいほどだが、今ゆきねはどうだ? 呆けたように視線は中を彷徨っている。まるで、幽霊でも見たかのように。
「どうした?」
 俺の問いかけにも気づかないように、遠くを見つめていた。
「おいっ」
 少し強めに呼びかけると、
「ハッ……なっ、何?」
 やっと我に返ったようだ。しかし、ゆきねが、ボーっとするなんて、珍しいこともあるもんだ。
「一体どうしたんだ? ボーっとしちゃってさ」
 ゆきねは、腕を組み、手の甲に顎を載せて何かを考える仕草をする。
「ねえ、さっきの人って誰?」
 意外にも質問は、シンプルなものだった。
「さっきの? さっきのは同じクラスの奴だよ」
「そう……」
 再び何かを考え込んでしまうゆきね。しばらく、考えていたと思ったら、
「ちょっと、こっちに来なさい」
 そう言って。俺の手を引いて歩きだした。
「おっ、おい、これからホームルームなんだぞ。遅刻しちまう」
「そんなんはどうだっていいでしょ。いいからくるのよ」
 何がどうなったら、こうなるんだ? だが、ここで、俺に拒否権はないらしい、強引に手を引かれ、階段を上り、たどり着いたのは、屋上だった。
 ゆきねは、振り向かず、その先に続く空を見上げながら、
「やっと、やっと見つけたわ」
「見つけたって何を?」
「決まってるじゃない、ニームよ」
 そう言うとゆっくりと振り向き、ニヤリと口元を歪ませる。
「ほっ、本当か? そりゃ一体誰なんだ?」
「落ち着いて聞きなさい。さっき教室の入り口で喋っていた女子生徒がいたでしょう。彼女がニームよ。間違いない」
 はて、さっき会話していたのってのは確か、あのやかまし女だったような気がするが……。
「まっ、まさか、巫部がニームって言うんじゃないだろうな」
「巫部……」
 少し言葉につまるゆきねだが、すぐにいつもの調子に戻った。
「まあ、名前なんてどうでもいいわ。だけど、意外よね。ニームとあんたが知り合いだって言うのだから」
「まあ、入学式の日に少しあってな。それ以来の本当に腐れ縁だ」
「そう、本来ならば、その場で殺してたんだけど、あんたと親しそうにしてたからとりあえず殺すのは保留にしてあげたのよ。ただまあ、処理しなくちゃならない事には変わりないけど」
 何故かゆきねは俯き、複雑そうな表情をしている。長年探し求めていたものがいきなり目の前に現れたらそういう反応になるのだろうか。
「ちょっと、待ってくれ」
「何?」
 振り向いたゆきねはいつものクールな顔に戻っていた。
「あっ、あのさ、さっき『殺す』って言ってなかった?」
「言ったわよ」
 あっさりと肯定される。
「前言ったじゃない。ニームは処理しなくちゃならないの。このままだと闇の世界が無尽蔵に拡大してしまうの。それにバグもいつ発生するか分からないわ。その前に対処しないと」
「待て待て待て、やっぱり殺すなんて穏やかじゃないぞ。もっと別の方法で解決できないのか?」
「ないわよ。そんなの。それとも何? あんたは、生み出されたバグが拡大して、この世界がリセットされてもいいと言うの?」
「いや、それは……」
 俺は答えることができなかった。
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