巫部凛のパラドックス(旧作)
 朝起きて授業を受け、帰って夕食を食べて寝る。そんなループを繰り返すだけの高校生活だったはずなのに、あの出会いが百八十度変えやがった、だが、俺は口では嫌々ながらと言っていたが、本当はどうだ。心の中では楽しいと思ってたんじゃないのか?
 
 しばし思考を巡らせてみる。入学してから今日までの生活を反芻して思い起こし、出た結論とは、『俺は巫部に巻き込まれる生活が楽しかったのかもしれない』ということだ。
「なあ」
 少しは落ち着き、カレーをすくっているゆきねに向き直る。
「その、何だ、巫部を殺さなくてもいい方法はないのか?」
 ゆきねは一瞬少し驚いたような顔をしたが、直ぐにいつもの冷たそうな表情で、
「ないわよ。残念だけどニームは殺すことで初めてその役割を終えるの。殺さなければ平衡世界かバグが生まれてしまうわ」
「でも、何か方法はないのか? やっぱ人が死ぬっていうのはいい気分はしないからさ」
「それは私も同じよ。だけどね。いい、この世には覆せない法則があるの。星の運行や惑星の配置、それらと同じように、彼女の事もその一つなの。出現したニームは私のような存在によってこれまでも滅ぼされてきた。それはいわば自然の摂理と言えるわ。そのの摂理に逆らうってことは、世界の終りを選ぶということなのよ」
「で、でもさ、何か方法があるんじゃないのか? いくら法則だからといって、殺せば丸く収まりますっていうのは何か納得がいかないんだが」
「うーん」
 ゆきねは何かを思案するように押し黙ってしまった。
「ねえ、さくらはどう思う?」
「そうねえ」
 そう答えたのは今まで存在を忘れていたこいつの使い魔だった。と言っても見た目は猫のぬいぐるみなのだがな。
「ゆきねの言っていることは真実よ。これまでも歴史はそうしてきたの。でもねえ、何故あなたはそこまで彼女に拘るの? 普通は世界滅亡を防ぐことと彼女を天秤にかけたら間違いなく前者を優先するわよね」
「そ、それは……」
「好きなの? 彼女のこと」
「なっ!」
 俺よりも驚いた声を上げたのはゆきねだった。だが、何故ゆきねが豆鉄砲を食らった鳩みたいな表情になっているのだろうか。
「いやいや、巫部に対してそんな感情はないですよ。だけど、何と言うか他の方法で解決できればいいなあと思っただけ。それが何なのかはわかりませんが」
「あらそう? 結構お似合いの二人だと思うけど。でも、そうねえ、確かに今までそういう考え方はなかったわ。ニームといえば問答無用で殺される存在。だけど、他の方法で世界の崩壊が防げるのであれば、それに越したことはないわね。そうねえ、少し探ってみようかしら」
 そう言うとさくらは再びカレーを食べ始めた。俺はゆきねに視線を向け、
「なあ、ということは、殺す以外に方法があるのかな?」
「…………」
 相変わらず呆けているようだった。
「おいおい大丈夫か? もしもーし」
 目の前で手を上下されると、ゆきねは、ハッと我に返り、
「えっ、何?」
「だから、巫部を殺さなくてもいい方法はあるのか?
「そっ、そうねさくらが言うんならその方法を探してみましょう。うんうん」
 しきりに頷いているが、一体何があったっていうんだ。

 ってな感じに再び闇の世界の住人が俺の家に同居することになった。傍からみたら同棲しているような気恥しい感じもするのだが、その裏では、世界の終りを防ぐなんてミッションを課せられているようなもんだからたまったものじゃない。俺は普通の世界に生きてたんだけどなあ。一体いつから歯車が狂いだしたのやら。こんなことを何度考えても答えなんかは浮かばない。とりあえず現実逃避を決めこみ、ながされるままに生きてみるかと思うのだが、それからの日々はこれまでが生ぬるいと思わせるほどに訳がわからなかった。一応断っておくが、これは俺が望んだことではないからな。
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