巫部凛のパラドックス(旧作)
「はい、お待たせしました」
 そう言う天笠の声と机にカップが置かれる音が聞こえ、続いてそれをひと啜りする音が続く、
「ぷはー。やっぱ美羽の入れてくれたコーヒーは違うわね。そこいらの喫茶店より断然いい感じだわ」
 この傍若無人な言動、俺の脳には若干一名の心当たりはあるものの、こんな場所に居る訳ないさともう一人の俺が語りかけている。そりゃそうだろ、生徒会となんら関係ないあいつがこの部屋に居る訳ないもんな。しかし……嫌な予感というかなんと言うか、いるはずもない人間のプレッシャーを感じている気がする。まるで俺の生物としての機能がしきりに何かを訴えているかのようだ。ここは意を決して顔を上げるしか方法はないのか?
 まあ、そう言っても確認しなくてはならない訳で、意を決し顔を上げた俺は思わずこうツッコミを入れずにはいられなかった。
「おい、何やってんだ……巫部」
「なに?」
 いかにも意外ですといった表情でこちらに振り返る巫部。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「何? 私がここに居ちゃいけないって言うの?」
「いけないだろ。ここは生徒会室なんだぞ。生徒会メンバー以外は立入り禁止だ」
「あらそうなの」
 と言って再び読んでいた雑誌に目を落とした……。
「おいおい、人の話を壮絶にスルーするな。ここは生徒会メンバーの執務室なんだぞ、一般生徒は立入り禁止だ」
 若干の上から目線で非難をするも、当の巫部はさして気にも留めていない様子でジト目を俺に向け、
「いいじゃないスペースに余裕があるんだから。キツキツでおしくらまんじゅうをしなくちゃならないほど狭いんだったら近寄らないけど、こんな広い部屋に三人だけだなんて、もったいないわ。エコロジーの時代なんだからスペースを有効に使わないと。だから私が使ってあげてるんじゃない。もう一つの世界を探すには、たまの息抜きも必要なのよ」
 甚だ激しく間違った持論を展開する巫部だが、エコロジーって言うならお前がこの部屋で吐いた二酸化炭素はどうなるんだ。二酸化炭素は温室効果ガスの筆頭だぞ。
「はいはい、意味不明な事は言わないの。あっ、美羽! コーヒーもう一杯ね」
「はい、巫部さん」
 すっかり天笠を家臣扱いし、さもデフォルトで生徒会のメンバーのように振舞う巫部。こりゃ何を言っても無駄なのか? などと、辟易としながら溜息を漏らしていると、生徒会室のドアを開ける音が響き、掃除当番だった麻衣がいつもの笑顔で入って来た。
「やっほー麻衣」
 わざとらしいにこやかな笑顔で手を振る巫部。麻衣はと言うと、
「あっ、巫部さん。先に来てたんですか?」
 麻衣は闖入者であるはずの巫部を肯定するが、おいおい、こいつは生徒会メンバーじゃないだろ? 俺たちに面倒な役割を押付けるだけ押付けた張本人じゃないか。
「んー、でも、こんな広い部屋に三人だけでもつまんないわよね。人数が多い方が楽しいと思うんだけど」
 口に手を添えながら麻衣が呟く。
「でしょ。やっぱスペースは有効利用しなくちゃね。それに、私は『もう一つの世界を探す会』の部長なの。部下のあんた達がいる場所に私が居るのは当然のことでしょ」
 意味不明な事を口から吐きやがった巫部はさも当然と言った感じで胸を張るが、それにしても、なんとなく雰囲気的に三対一で巫部が居座ることが可決されてしまったようだ。やれやれ民主主義万歳だぜ。
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