キミの隣で恋をおしえて〈コミック版:恋をするならキミ以外〉
「……さく……、安堂くん…」
聞こえてきたその声に、心臓がドクンと一突きした。
「……小林さん…も、」
呼ばれた名前。
息が止まりそうだった。
でも頭の中は冷静で、まっすぐにその姿を見下ろしていた。
そこに一人の姿があった。
階段を上がってこようとしていた、
美坂先生――――。
咄嗟に、繋いでいた手に力が入った。
階段の中腹部分にいた先生は硬直していた顔をすぐに笑顔に変えて、あたし達に向き合った。
「デート?小林さん、浴衣姿可愛いね」
どうして話しかけられるのか、理解が出来なかった。
あたしの隣にいるのは仮にも、前に付き合っていた人で。
生徒だけど、元カレで…。
一度愛したその人が他の女の子と歩いているのに。
手を、繋いでいるのに―――。
どうして先生は、笑顔で話しかけられるの?
繋いでいる手が震えた。
どうしていいのか、分からなかった。
だけどこの空間に、先にメスを入れたのは隣にいる安堂くんだった。
「行こう、小林」
繋いでいる手をギュッと握って、安堂くんが階段を降り始める。
一歩、一歩。
その姿に近づいていく。
今、安堂くんは何を思っているの?
どんな顔、してるの?
怖くて見られない。
辛そうな顔をしていたら、きっと、あたしは――……。
そうやって下りていくあたし達を、先生は力のない笑顔で見つめていた。
だけどその姿が近づくと、その瞳をそっと伏せた。
笑っているはずなのに、どうして泣いているように見えるの?
口角は上がっているのに、泣いている。
泣くくらいならなんで手を離したりしたの?
言葉にならない感情が心の中で蠢いた。
こんなこと、絶対に口には出さないけど。
先生に弁解させる時間なんて絶対に与えない。
あたしは、この手を離さない。
先生の隣を通りすぎる時、止まっていた呼吸が再開したかのような感覚に陥った。
通り過ぎた。
もう、過去の人。
安堂くんと同じ方向を向いて歩いていくのは、
この、あたし。
――――その時。