キミの隣で恋をおしえて〈コミック版:恋をするならキミ以外〉
25.桜、咲く。
『なんで』と呟いたあたしを、安堂くんはまっすぐに見据えていた。
その瞳はあたしから離れることなくまっすぐに、射抜いている。
泣きそうな、苦しそうな、そんな瞳。
あれ……口元、ケガしてる……?
そう瞳が判断しても、言葉が出なかった。
聞きたいことや言いたいこと、伝えたい思いはたくさんあるのに、言葉にならない。
言葉とは、時に無力で頼りない。
「あの、安堂く……」
と、訊ねようとした時、安堂くんの腕が飛びて、あたしをぎゅっと抱きしめた。
「――っ!?」
「ごめん。もう、願えない」
「え……っ!?」
「サクラダとの幸せなんて、もう願えないんだ」
「……っ」
その吐息が触れる。
首筋に熱い何かを感じる。
それはまるで、その瞳から零れる雫のようで。
あたしは空を見上げたまま、安堂くんの吐息を感じていた。
「ごめん、本当に、ごめん……」
それは、なにのごめん?
幸せを願えないとか、なんだとか、そういうごめん?
他にもっと、謝って欲しいことがある。
あたしはまだ、あの夏から、一歩も動けずにいるんだよ。
分かってるの? ねぇ……?
「――っ、やめてよっ! そういうの、いらないっ」
うそ。
本当は、死ぬほど会いたかった。
何度も夢見て、夢見ては泣いた。
手の届かない現実に、交わらなくなったあたしたちの糸に、気づかされる度、苦しかった。
「……ごめん。でも、これだけは譲りたくない」
「――ひっゃ……っ」
もう一度、その腕の捉えられる。
ギュッと、さっきより強い力で。
「安堂くん、やだっ、やめてよっ…」
じゃないともう、きっと一生忘れられなくなる。
このままずっと心の中に焼き付いて、宿って。
あたしは安堂くんの影しか追えなくなるんだよ。
振り払いたいのに、それがどんどんできなくなってる。
きゅうっと唇を噛み締めた。
抱きしめたい気持ちを堪えて、目を瞑った。
「だって……安堂くんには先生が……っ」
「終わったよ」
「……え?」
「先生とは、ちゃんと終わった。先生にちゃんと、ありがとうって伝えられたんだ」
腕から力が抜けて、気づけば安堂くんを見上げていた。
安堂くんの腕が離れて、そして向き合う。
前と同じ距離。
安堂くんの瞳。
「それは、どういう……」
「もともと、小林に見られたあの時より前に、俺らの関係は終わってたんだよ」
「え……?」
「先生の夢は、先生になること。それを分かってて、俺は先生に甘えてたんだ」
「……でも、じゃあ、なんで……」
先生はそんな顔、してなかった。
安堂くんのこと、好きだって顔、してたよ……?
それに……。
「それなら、なんでずっと先生のところに……」
「あの時のケガで記憶を失くしてたんだ。先生は、数年前の時間を過ごしてた」
「え……!?」
「やんちゃしていた時期があったって、話したよね? ……その時、しょうもない俺を叱って光の下に引きずり出してくれたのが、先生だったんだ」
「……っ」
「だから今度は、その恩返しをしたかった。小林には、本当にひどいことをしてしまったけど、向き合って終わらせないといけないと思った……」