恋は理屈じゃない
副社長のお嫁さん
初めて着たウエディングドレスの裾が気になって、足もとを見て前に進む。
「ほう、これは見事に変身したな」
ハッとして顔を上げると、身体の前で腕を組んで私のことを見下ろしている速水副社長と視線が合った。
こんな時は、なんて言ったらいいんだろう……。
「お、お疲れさまです」
取りあえず、仕事モード全開の挨拶をしてみた。
「疲れたのは鞠花(まりか)ちゃんの方だろ。急いで準備させてしまって悪かったな」
「い、いえ」
仕事中は『須藤さん』、それ以外の時は『鞠花ちゃん』。速水副社長は私の呼び名を、時と場所で使い分ける。
今は仕事中。本来ならば『須藤さん』が正解だけれど、私の緊張を解きほぐすように親しげに名前を呼んでくれる気遣いがうれしかった。
笑みを浮かべて優しい言葉をかける速水副社長の格好は、普段のダークなスーツではなくて白いタキシード姿。シルバーのベストとライトピンクのアスコットタイがシックで、とても似合っていた。
「緊張しているようだな」
「は、はい……」
ブライダルフェアの花嫁役という初めての経験で戸惑っている上に、格好いい速水副社長と一緒にヴァージンロードを歩くなんて、緊張しない方がおかしいよ……。
こんな状態で花嫁役が務まるのかますます不安になり、思わずうつむく。すると速水副社長の指が顎にスッと伸びてきた。
「俺が隣にいれば安心できるんじゃなかったのか?」
「そ、そう思ったけど……」
顎に添えられた速水副社長の長い指に力がこもり、顔が上向く。