恋は理屈じゃない
足取りが重く感じるのは、仕事が忙しかったからじゃない。速水副社長と連絡が取れないからだ。
たったそれだけのことで不安になるなんて、私の恋心はかなり重症かもしれない……。
そう思いながら通用口から外に出ると、トボトボと足を進めた。するとスマートフォンが音を立てる。街灯が照らし出す明かりを頼りに、バッグから急いでスマートフォンを取り出すと、そこには一日中頭から離れなかった速水副社長の名前が表示されていた。
「もしもし、副社長?」
「ああ。今どこにいる?」
速水副社長の声を聞いただけで、心の中でくすぶっていた不安が一気に吹き飛ぶ。
「通用口を出た先です」
「すぐに行くから、そこから一歩も動くなよ。いいな?」
「はい」
通話が終わったスマートフォンを胸の前でギュッと握りしめる。
速水副社長に避けられていなくて、よかった……。
まるで恋に奥手な中学生のような気持ちを抱えながら、速水副社長を待ち続けた。しばらくすると速水副社長が姿を現す。
「鞠花ちゃん、お待たせ」
「副社長……」
六日ぶりに会う速水副社長を前に、胸がトクンと高鳴る。
「昨日連絡くれたのに返信できなくてすまない。商談や打ち合わせで忙しくてな」
「そうだったんですか。そんな時に連絡してしまってすみません」
速水副社長が忙しい人だとわかっていたのに、お礼をしたいという自分の気持ちを優先してしまったことを反省する。