恋は理屈じゃない
優しい速水副社長の言葉を聞き、ホッと胸をなで下ろす。しかし、それも束の間。速水副社長はに締めていたドット柄のネクタイをシュルシュルと解き始めた。
「な、なにしているんですか?」
「なにって、ネクタイを取り替えるんだ」
「別に今、替えなくても……」
速水副社長は戸惑う私を横目で見ながら、ネクタイを締めるためにワイシャツの襟を立てた。けれどすぐに小さな声をあげる。
「あ、困ったな」
「どうしたんですか?」
顔をしかめる速水副社長に尋ねる。
「鏡がない」
「そうですね」
ここは通用口から駐車場に続く通路。鏡がないのはあたり前だ。
速水副社長がなにを言いたいのかわからずに首をかしげていると、思いもよらない言葉が耳に届いた。
「鞠花ちゃん、頼む。ネクタイを結んでくれ」
「えっ?」
速水副社長はネクタイを首に回すと前かがみになる。
毎日のようにスーツを着ている速水副社長なら、鏡を見なくてもネクタイを結ぶことくらいできそうだけど……。
「ほら、早く」
「は、はい」
反論する間もなく同じ目線になった速水副社長に急かすように言われ、焦りながらネクタイに手を伸ばした。
「ネクタイの結び方は知っているのか?」
私がネクタイを結びやすいように、速水副社長が顎を少し上げる。