恋は理屈じゃない
背後から身体をきつく抱き支えられている状態に焦る。
「すっ、すみません」
慌てて謝ると、速水副社長が軽く息を吐き出した。
「ちょっとからかっただけなのにすぐムキになる。まだまだ子供だな」
お腹と背中に感じる彼の体温と、耳にかかる吐息交じりの声が恥ずかしい。
「だって……」
反論できずに言葉に詰まると、クスッという笑い声が聞こえた。
「少しからかい過ぎたみたいだな。悪かった。大丈夫か?」
「はい。ありがとうございました」
バランスを崩した体勢がもとに戻ると、身体を支えていてくれていた速水副社長の腕が離れていく。速水副社長の温もりが冷えていくのが寂しいと思っていることを悟られたくなくて、咄嗟にうつむいた。
「本当なら家まで送ってやりたいが、まだ仕事が残っているんだ。ひとりで帰れるか?」
もっと話をしたい。これが私の本音。でも忙しい速水副社長にワガママは言えない。
「はい。大丈夫です」
顔を上げると、無理やり笑みを浮かべた。
「そうか。それじゃあ気をつけて帰れよ」
「はい。副社長もお仕事がんばってくださいね」
「ああ」
速水副社長は私に背中を向けると、通用口に向かって足を踏み出す。
今度会えるのは、いつになるんだろう……。
寂しさを感じながら、速水副社長の後ろ姿を見つめた。