恋は理屈じゃない
午後三時。指定された時刻になり、赤いバラをふんだんに使用したアレンジメントを手に取る。
「スイートルームに行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
店舗担当である加藤さんに声をかけると、従業員用のエレベーターに向かった。
ホテル宿泊部からオーダーがあったのは、ちょうど十年前にホテル・グランディオ東京で結婚披露宴をあげた夫婦をおもてなしする花。だから“愛情”という花言葉の赤いバラを選んでアレンジメントを仕上げた。
結婚記念日にスイートルームに宿泊するなんて、素敵だよね……。
到着したエレベーターに乗り込み、スイートルームがある最上階のボタンを押す。夫婦のお祝いに関われたことをうれしく思っていると、下腹部の痛みが強くなった。
薬の効き目が切れてきたのかな……。
痛みをやり過ごすために瞼を閉じるとエレベーターが停まり、ゆっくりと扉が開く。瞼を開けると同時に視界に映り込んできたのは、まさかの速水副社長だった。
「鞠花ちゃん、偶然だな」
「はい。びっくりしました」
「俺もだ」
ホテル・グランディオ東京で働いているのだから、速水副社長と偶然会うこともある。けれど、同じエレベーターに乗り合わせる確率なんて、滅多にないと思った。
「副社長、何階ですか?」
「どうやら鞠花ちゃんと同じフロアらしい」
速水副社長はオレンジ色に光っている最上階の階数ボタンを見ると、そう言った。