恋は理屈じゃない
「だったらそんな不安な顔をするな。大丈夫だ。すべて俺に任せろ」
「……はい」
頼りがいがある速水副社長の言葉を聞いた途端、緊張が解けて肩の力がスッと抜けていった。口もとが緩み、自然に笑みが浮かぶ。
「いい笑顔だ」
至近距離で紡がれた褒め言葉がうれしい。
「あ、ありがとうございます」
照れつつもお礼を言うと、顎に添えられていた速水副社長の指先が静かに離れていった。
模擬挙式の時間は約二十分だと聞いている。その時間だけ、私は速水副社長のお嫁さんだ。
引き受けたからには、きちんと役目を果たさなくちゃ……。
気合いを入れていると、速水副社長の瞳が私の足もとから上へとゆっくり移動していった。
な、なに? どこか変?
どうしていいのかわからずに戸惑っていると、速水副社長の口角がわずかに上がった。
「普段は似ていると思わないがこうしてじっくり見ると、やはり雰囲気が蘭と似ているな」
この場にいないお姉ちゃんの名前を聞いた途端、何故か胸がザワザワと騒ぎ出す。
「今の副社長のお嫁さんは、この私です。お姉ちゃんのことなんか思い出さないで……」
どうしてこんなことを口走ってしまったのか、自分でもわからない。
これじゃあ私、お姉ちゃんに嫉妬しているみたいだ……。
「あっ、変なこと言ってすみませんでした」
ハッと我に返り、速水副社長に謝る。
「いや、そうだったな。悪かった」
「……」
「綺麗だよ。鞠花ちゃん」
「……ありがとうございます」
まるで私のご機嫌を取るような速水副社長の褒め言葉を聞いても、ちっともうれしくなかった。