恋は理屈じゃない
もう目眩もしないし、ふらつきもない。これなら大丈夫。
「副社長、本当にありがとうございました。私、店に戻ります」
「ああ、そうだな。でも無理するんじゃないぞ」
「はい」
速水副社長に頭を下げると、半回転して足を踏み出す。
「あ、鞠花ちゃん」
「はい、なんですか?」
私を呼び止める声を聞いて振り返ると、速水副社長の口もとが意地悪くニヤリと上がった。
「顔が赤いぞ」
「……っ!」
慌てて両頬に手をあてる。
「手を握って頭をなでてやっただけなのに赤くなるなんて、まだまだ子供だな」
速水副社長はおもしろそうにクスクスと笑った。
年上の速水副社長にしてみれば、私とのスキンシップなんてどうってことないんだ……。
ひとりで舞い上がってしまったことが恥ずかしい。
「どうせ私はまだまだ子供です! それでは失礼します!」
鼻息も荒く言い返すと、足早にスイートルームを後にした。
速水副社長には振り回されてばかりいる。それでも彼のことを嫌いになれないんだよね……。
スイートルームで起きた出来事を思い返すだけで、頬がますます火照り出す。
ああ、もう。今は仕事中。しっかりしなくちゃ。
エレベーターのボタンを押すと、大きく深呼吸を繰り返して気持ちを切り替えたのだった。