恋は理屈じゃない
「鞠花ちゃん」
自分の名前を呼ばれる声を聞き、意識が戻る。ハッとして瞳を開けると、速水副社長の端麗な顔が数センチ先に迫っていた。
「……!?」
突然のことに驚き、声も出せない私を見た速水副社長は、クスクスと笑いながら離れていった。
「よく寝ていたな」
まだボーとする頭をフル回転させる。
そうだ、私、新幹線で青森に向かっているんだった……。
速水副社長に買ってもらったお菓子を食べたら、眠くなってしまったことを思い出す。慌てて上半身を起こすと、速水副社長のコートが身体にかかっていることに気づいた。
「これ、副社長が?」
「ああ。身体を冷やすのはよくないからな」
速水副社長のコートをキュッと握ると、微かに香るフレグランスを密かに楽しむ。
好きな人が身に着けるコートに包まれて眠っていたなんて、すごくうれしい……。
「ありがとうございました」
名残惜しく思いつつ、コートを速水副社長に返す。すると彼の口もとが意味深に上がった。
「口を開けて寝ていたぞ」
「えっ、嘘っ!」
衝撃的な速水副社長の言葉を聞き、慌てふためく。そんな私を見た彼の口が大きく開いた。
「あははは。冗談だ。相変わらず単純だな」
好きな人の前で口を開けて眠っていたことが本当だったら、死ぬほど恥ずかしい。心臓に悪い冗談を言う速水副社長を、恨めしげに睨んだ。
「もう!」
「そんなに怒るなって。それより、そろそろ新青森駅に到着するぞ」
「あっ、はい」
私のことをからかっておもしろがっている速水副社長を尻目に、残ったお菓子をバッグの中にしまうと下車する準備を整えた。