恋は理屈じゃない

「鞠花ちゃん」

自分の名前を呼ばれる声を聞き、意識が戻る。ハッとして瞳を開けると、速水副社長の端麗な顔が数センチ先に迫っていた。

「……!?」

突然のことに驚き、声も出せない私を見た速水副社長は、クスクスと笑いながら離れていった。

「よく寝ていたな」

まだボーとする頭をフル回転させる。

そうだ、私、新幹線で青森に向かっているんだった……。

速水副社長に買ってもらったお菓子を食べたら、眠くなってしまったことを思い出す。慌てて上半身を起こすと、速水副社長のコートが身体にかかっていることに気づいた。

「これ、副社長が?」

「ああ。身体を冷やすのはよくないからな」

速水副社長のコートをキュッと握ると、微かに香るフレグランスを密かに楽しむ。

好きな人が身に着けるコートに包まれて眠っていたなんて、すごくうれしい……。

「ありがとうございました」

名残惜しく思いつつ、コートを速水副社長に返す。すると彼の口もとが意味深に上がった。

「口を開けて寝ていたぞ」

「えっ、嘘っ!」

衝撃的な速水副社長の言葉を聞き、慌てふためく。そんな私を見た彼の口が大きく開いた。

「あははは。冗談だ。相変わらず単純だな」

好きな人の前で口を開けて眠っていたことが本当だったら、死ぬほど恥ずかしい。心臓に悪い冗談を言う速水副社長を、恨めしげに睨んだ。

「もう!」

「そんなに怒るなって。それより、そろそろ新青森駅に到着するぞ」

「あっ、はい」

私のことをからかっておもしろがっている速水副社長を尻目に、残ったお菓子をバッグの中にしまうと下車する準備を整えた。

< 124 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop