恋は理屈じゃない
そのまま上向きにされた私の顔に向かって、艶っぽい表情を浮かべた速水副社長が徐々に近づいてくる。
これって、まさか……。
キスの予感に胸が高鳴る。
ずっと好きだった人から求められることはうれしい。けれど、速水副社長の気持ちがわからない。
どうして私にキスしようとするの? 速水副社長も私と同じ気持ちだって、期待してもいいの?
思考が混乱する中、ゆっくりと速水副社長の唇が近寄ってくる。
私が瞳を閉じれば、ふたつの唇は重なり合う。でも……。
「副社長がお姉ちゃん以上に好きだと思える人って……誰ですか?」
たとえ大好きな人とキスができるとしても、不安を感じたままじゃ嫌。お願いだから、私のことを好きと言って……。
お互いの気持ちが通じ合うことを祈っていると、速水副社長の動きがピタリと止まった。
「……鞠花ちゃん。この先なにか困ったことがあったら、俺を兄だと思って遠慮せずに頼ってくれ」
「……兄?」
なんでそんなことを言うの? だって今、私にキスしようとしていたじゃない。
唇が触れ合うまであと五センチの距離を残したまま紡がれた、速水副社長の言葉が胸に突き刺さる。
「俺はひとりっ子で兄弟がいないからな。鞠花ちゃんみたいなかわいい妹がほしいとずっと思っていた」
速水副社長は視線を逸らすと、私の顎に添えていた手を離した。そして足を進めて私から距離と取ると、瞳を細めながら湖を見つめた。