恋は理屈じゃない
あ、私、フラれたんだ……。
速水副社長が私にキスをしようとしたのは、湖を前にした開放的な雰囲気にのまれたせい。そして彼が自分のことを『兄』だと言い出したことも、私のことを『妹』と位置づけたのも、ひと回りも歳が離れた子供っぽい私は恋愛対象ではないと知らしめるため。
そっか。速水副社長が失恋から立ち直ったのは、私以外の女性を好きになったからなんだ。『好き』という思いを伝える前に失恋するなんて、すごく惨め……。
「それじゃあ、これからは副社長のことを、千歳お兄さんって呼ぼうかな」
震えてしまう声を誤魔化すように、わざと明るく振舞う。
「それはそれで、恥ずかしいな」
「へえ、意地悪な副社長にも恥ずかしいっていう感情があるんですね」
「こら、大人をからかうなっ」
速水副社長は湖に背中を向けると私に近寄る。そして額をツンと小突いた。
「痛っ」
「嘘つけ。そんなに力入れてないぞ」
「あはは、そうですね」
「ああ」
速水副社長の言う通り、突かれた額はちっとも痛くなかった。痛いのは砕け散った恋心……。
「さて、俺たちもグランドホテルに戻るか」
「はい」
グランドホテルに向かって歩き出した速水副社長の後を追う。けれど絶対に、横には並ばない。
だって隣を歩いたら、失恋して涙を流していることがバレてしまうから……。