恋は理屈じゃない
私たちを乗せたタクシーのヘッドライトが、家の前の暗がりを照らす。その中にポツリと浮かび上がった人影が、停まったタクシーに近づいてくるのが見えた。助手席に座っていた笠原さんが外に飛び出す。
「蘭!」
「彰さん!」
笠原さんの呼び声に答えるように、お姉ちゃんの声が辺りに響いた。
「蘭、ごめん。許してくれ」
「彰さん……」
笠原さんがお姉ちゃんの手をきつく握りしめる。ふたりは少しの間見つめ合うと、タクシーから降りた私と速水副社長のもとに歩み寄ってきた。
「速水さん、今回はご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」
お姉ちゃんの言葉と共に、ふたりが頭を下げる。
「そうだな。罰としてふたりにはホテル・グランディオ東京で結婚式を挙げてもらおう」
夜空の下で、速水副社長の口もとがいつものようにニヤリと上がるのが見えた。たったそれだけのことで、重苦しかった空気が和む。
速水副社長はお姉ちゃんと笠原さんを気遣って、わざと意地悪なことを言ったんだ……。
もう速水副社長のことをあきらめなくちゃいけないのに、ますます好きという気持ちが募ってしまった。
「お姉ちゃん、よかったね」
「ええ、鞠花ちゃんもありがとう」
「ううん」
幸せに満ちあふれたお姉ちゃんの身体に腕を伸ばす。
「鞠花ちゃん、泣いているの?」
「……うん。お姉ちゃん、幸せになってね」
「ええ」
抱きついた私の背中を、お姉ちゃんは優しくなでてくれる。失恋して傷ついた心が少しだけ癒えた気がしたのは、姉妹の絆を感じたからかもしれないと思った。