恋は理屈じゃない
チャペルを後にすると通路の角を曲がる。スタッフも来場客もいない場所まで来ると、速水副社長の足が止まった。
「悪かった」
「えっ?」
まだ模擬挙式の興奮が冷めない私は、なんで謝られたのかわからない。
「……ほら、ここ」
「あっ!」
速水副社長は私から視線を逸らすと、人差し指で自分の頬を差した。その動きで彼が私の頬にキスしたことを謝っていると、ようやく理解する。
「鞠花ちゃんの煽(あお)るような表情を見たら、つい、な……」
「あ、煽るって……私、そんな顔をしてません!」
まるで私が誘ったような言い方をするなんて!
速水副社長に猛抗議する。
「あのな、自覚がないのが一番タチが悪いんだ。瞳を潤ませて頬を赤く染めて、艶やかな唇が半開きになっている無防備な表情のどこが煽っていないと言える? 新郎役が俺じゃなかったら間違いなく唇にキスされていたぞ」
「……っ!」
自分で勝手にキスしたくせに言いがかりをつけるなんて、ひどくない?
速水副社長を軽く睨むと、背後からパタパタという足音が聞こえてきた。
「お嬢様、お疲れさまでした。とても素敵な挙式でした」
介添え役の女性が姿を現したことで、ここは一旦、戦闘休止。
「あ、ありがとうございます」
無理やり口角を上げると、必死で笑顔を作る。
「速水副社長もお疲れさまでした」
「ああ。では彼女のことをよろしく頼む」
「はい。かしこまりました」
介添え役の女性と短い会話をした速水副社長は眉間にシワを寄せたまま、この場から立ち去ってしまった。