恋は理屈じゃない
「ありがとうございます」
「いや、それから蘭にこれを渡してくれないか?」
「あ、はい」
速水副社長は金色の包装紙で包まれた長方形の箱を、私に差し出した。
「これは蘭の好物のマロングラッセだ」
速水副社長の言う通り、お姉ちゃんはホテル・グランディオ東京のショップで売られているマロングラッセが大好き。でも私は、ブランデーの風味がするマロングラッセは苦手。
「ありがとうございます」
私のことをなにも知らない速水副社長になんとなく落胆しながら、二度目のお礼を言った。
「ああ。蘭とふたりで食べてくれ」
「……はい」
差し出された箱を受け取るために手を伸ばす。すると、速水副社長が私の耳もとに口を寄せた。
「これらの菓子は口止め料だ。頬にキスしたことは蘭には内緒にしてくれ」
囁かれた言葉に驚いて速水副社長の顔を見つめると、その口もとがニヤリと上がる。
うわぁ、すごい策士。
でも私だってキスされたことを、お姉ちゃんに知られたくない。
「わかりました」
「交渉成立だな」
「はい」
まるで裏取引をしたような後ろめたさを感じつつも、速水副社長からマロングラッセが入った箱を受け取った。