恋は理屈じゃない
「鞠花、どうしたの?」
「あ、琴美。あのね……」
芳川さんに強引に迫られたことや、速水副社長が突然姿を現したことを琴美に説明しようとすると、彼が口を挟む。
「キミが琴美さんか」
「はい。そうですけど……」
速水副社長は紺色のテーラードジャケットの内ポケットからカードケースを取り出す。そして名刺を抜くと、琴美に差し出した。
「私はこういう者だ」
「ああ、あなたが……。鞠花からいろいろと話を聞いています」
戸惑いつつ名刺を受け取った琴美の顔に、柔らかい笑みが浮かぶ。
「そうなのか? 鞠花ちゃんが俺のことをどんな風に話しているのか気になるが、それはまた今度ゆっくり聞かせてもらうとして……すまないが彼女を借りてもいいか?」
私を差し置いて、どんどん話が進んでいく。
「はい。どうぞ、どうぞ。こちらの心配は無用ですので」
「琴美さん、ありがとう」
「いいえ、いいえ」
ふたりを交互に見つめていると、速水副社長に手首を掴まれた。
「さあ、行くぞ」
「えっ? あっ!」
有無を言わさない速水副社長に手を引かれ、転びそうになりながらも足を進める。そんな中、後ろを振り向くと、琴美がひらひらと手を振っているのが見えた。
芳川さんを怒らせたまま合コンに参加するのは気が重い。でも速水副社長が私になんの話があるのか気になる。
琴美、ごめんね……。
途中退席することを心の中で謝ると、速水副社長と共にダイニングバー・グラナダを後にした。