恋は理屈じゃない
「すみません。副社長は明日も仕事ですよね」
「いや、明日は商談も会議もない。午後から出社すれば、なにも問題ない。だから……」
速水副社長の話の続きを黙ったまま待ち続ける。けれど彼の口は、いつまで経っても開かなかった。
「副社長?」
「……」
なにかを考え込んでいる速水副社長の顔を覗き込む。すると突然、手首を掴まれた。
「えっ?」
速水副社長は夜景に背中を向けると、足を進め始める。彼に手を引かれて展望台を後にすると、コインパーキングに停めていた車の助手席に押し込まれた。
急にどうしたんだろう……。
速水副社長の態度が急変した理由がわからず、不安が胸に広がっていく。彼は駐車場の精算を済ませると運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
「あの、副社長?」
戸惑いながら声をかけると、速水副社長がこちらを向く。
「今日は帰さなくてもいいか?」
帰さないって……。
その意味をすぐに理解した私は一瞬ためらったものの、コクリとうなずいた。
「私も……帰りたくないです」
恥ずかしいと思いながらも、自分の素直な気持ちを速水副社長に伝える。
「行き先は、俺が決めてもいいな」
「……はい。お願いします」
小さな声で返事をすると、速水副社長の手が頭の上に乗った。
「そんなに緊張するな。鞠花ちゃんを怖がらせるようなことはしないと約束する」
「はい」
頭の上でポンポンと優しく跳ねる彼の温もりを感じ、次第に緊張がほぐれていった。