恋は理屈じゃない
「一度は結婚した仲なのに、冷たいな」
「け、結婚ってっ!」
花嫁役を引き受けた模擬挙式が行われたのは、一週間前。変なことを言い出す速水副社長に慌ててしまう。けれど彼は動揺する私のことなど構わずに、一歩距離を縮めた。
「悩みごとはなんだ? 元夫の俺に相談してみろ」
私の耳もとで速水副社長が囁く。
さっきから私たちが離婚した夫婦のように聞こえるんですけど……。
「ちょっと、人が聞いたら勘違いしそうなことを軽く言わないでください!」
速水副社長に反論した。
「少しからかっただけだろ。そんなにカリカリするな」
「からかったって……」
クスクスと笑いながら私を見つめる速水副社長の余裕のある視線が悔しくて、思い切り頬を膨らませる。
「そんなに拗ねるな。お詫びにこれから、いいところへ連れてってやる」
「いいところ?」
「ああ。笠原、車の用意を」
速水副社長は後方に控えていた秘書の笠原さんに指示を出す。
「はい。かしこまりました」
笠原さんは一礼をすると通用口から外に出て行った。
「ため息の理由を白状するまで、今日は帰さないからな。覚悟しておけ」
「えっ、そんな……」
速水副社長は戸惑う私を見ると、満足そうな笑みを浮かべる。
いったいこれから、どこに連れて行かれるんだろう。変なことになっちゃったな……。
そう思いながら、速水副社長の横顔を見上げた。