恋は理屈じゃない
「それじゃあ、ちょっとだけ」
グラスを手にすると、女将さんに純米酒を注いでもらう。速水副社長のグラスにも純米酒を注いだ女将さんは「それではごゆっくり」と頭を下げると、個室を後にした。
「鞠花ちゃん、乾杯しようか」
「はい」
グラスを手に取り、カチンと合わせる。
「乾杯」
「乾杯」
速水副社長が興味深そうに見つめる中、初めての日本酒にそっと口をつけた。
「あ、おいしい」
「だろ? この料亭の料理には日本酒が一番合うんだ」
「へえ、そうですか。お姉ちゃんと一緒に来たことはあるんですか?」
速水副社長は、まるでお水を飲むようにゴクリと喉を鳴らして純米酒を飲む。
「いや、まだない。ここは仕事の商談によく使うんだが……そうだな。今度、蘭も連れてこよう」
お姉ちゃんの名前を呟いた速水副社長の口もとが、うれしそうに緩んだ。
グランディオグループは日本各地にホテルと結婚式場を所有している。副社長である彼は、月の半分は視察を兼ねて各地に出張しているそうだ。だからふたりはゆっくりとデートを楽しんだことがない。お姉ちゃんからそう聞いている。
「お姉ちゃん、きっと喜ぶと思います」
空になった速水副社長のグラスに、純米酒を注ぐ。
「そうか?」
「はい」