恋は理屈じゃない
純米酒はまだグラスに半分以上残っている。それなのに速水副社長は、私に向かってボトルを差し出してきた。
「今日は思い切り酔いたいんだろ? ほら、もっと飲め」
「はい」
速水副社長に純米酒を注いでもらうと口をつける。プハッと息を吐き出すと、彼がクスッと笑った。
「速水副社長、これから話すことは誰にも言わないって約束してくれますか?」
「ああ」
「お姉ちゃんにも、です」
意志が強そうな速水副社長の真っ直ぐな眉が、一瞬ピクリと動いた。
長年付き合った圭太に別れてほしいと言われたことがバレたら、涙もろいお姉ちゃんは、すぐに泣き出すだろう。そんな面倒くさいことになるのは、絶対に嫌だった。
「わかった。蘭にも内緒にすると約束しよう」
速水副社長を信じようと思ったのは、その目に迷いがなかったから。
テーブルの上のグラスに手を伸ばすと、勢いをつけるために純米酒をゴクゴクと喉に流し込む。そして空になったグラスをテーブルの上にカツンと置いた。
「実は四日前、彼氏から別れてほしいって言われたんです」
「そうか」
「はい。でも私は彼氏のことが好きだから、別れたくないって言ったんです」
「なるほど。それで?」
速水副社長は小さくうなずきながら、空になった私のグラスに純米酒を注いでくれた。