恋は理屈じゃない
「……すみません」
速水副社長は渋々謝る私を尻目に見ると、従業員用のエレベーターのボタンを素早く押した。ほどなくするとポンと音を立ててエレベーターが到着する。
彼は私の手首を掴んだままエレベーターに乗り込む。そして花嫁の身支度を整えるブライズルームがある十五階のボタンを押した。
「私、無理です」
扉が閉まると同時に反論すると、速水副社長は顔をしかめる。
「どうして?」
「どうしてって、今まで一度もウエディングドレスを着たことがないし、大勢の人が見ている前で花嫁役なんて……私できません」
結婚式場を花で飾り、新郎新婦と参列者をおもてなしするのがブライダルフラワーコーディネーターの仕事。いわゆる縁の下の力持ちのような存在である私が、みんなの注目を浴びる花嫁役をするなんて、絶対に無理だ。
「初めから無理だと決めつけるのは、どうかと思うけどな」
そんなこと言われても、無理なものは無理だもん……。
速水副社長の二重の瞳が、私を捉えて動かない。けれど威圧的な視線を感じても、私の考えは変わらなかった。
上昇するエレベーターの中で、花嫁役をやらなくて済む方法を必死に考える。
「そうだ、お姉ちゃんに頼みましょうよ! 今日は午後からの出勤だからまだ家に居ると思うし、ふたりの結婚式の予行練習にもなるし。ね?」
童顔の私よりも、目鼻立ちがハッキリとしている美人なお姉ちゃんの方が花嫁役にうってつけだ。